法人・健康経営

小売・飲食業の従業員健康経営ガイド──立ち仕事・シフト勤務の3大リスクと対策

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.07.02最終更新 2026.07.01編集方針

小売業・飲食業の現場では、従業員が毎日数時間から十数時間にわたって立ち続け、不規則なシフトをこなしながら顧客対応の最前線に立っています。令和6年(2024年)の「雇用動向調査」によると、卸売業・小売業の離職者数は年間約142.7万人と全業種で最多水準とされており、宿泊業・飲食サービス業は未充足求人のある事業所割合が67%と全産業(59%)を大きく上回るなど、深刻な人手不足が続いています[7]。この「人が集まらず、入っても辞めてしまう」構造の背景には、立ち仕事・シフト勤務に起因する体への負担と、それが長年放置されてきた職場環境があります。本記事では、小売・飲食業が直面する従業員の健康課題を根拠とともに整理し、経営者・人事・総務の方が今日から着手できる対策の進め方を解説します。

小売・飲食業の従業員が抱える3大健康リスク

小売・飲食業の職場環境は、他業種と比べて複数の健康リスクが重なりやすい構造的な特徴を持っています。主なリスクは「腰痛」「シフト勤務による生活習慣の乱れ」「メンタルヘルス不調」の3点です。

腰痛:業務上疾病の6割を占める筆頭課題

厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」によると、立ち仕事で長時間同一姿勢をとり続けることや、前傾姿勢での作業(調理・食器洗い・品出しなど)は、腰部への持続的な負荷として腰痛リスクを高めるとされています[1]。業務上疾病のなかで腰痛は全体の約6割を占め、毎年5,000〜6,000件以上の休業4日以上事例が報告されており、近年は増加傾向にあります。小売・飲食業は長時間の立位作業と繰り返し動作が多く、特に腰痛リスクが高い業種のひとつとされています。

シフト勤務と睡眠・生活習慣病リスク

厚生労働省のe-ヘルスネットでは、交替勤務(シフトワーク)について「体温、ホルモン、代謝、免疫などの生体機能リズムと生活時間のズレ(内的脱同調)が生じ、不眠・胃腸障害・高血圧・糖尿病・脂質異常症などのリスクが上昇する」と説明されています[2]。2012年時点での深夜業従事者は約1,200万人、交替制勤務者は約638万人に上り、その後も増加が続いているとされています。さらに国際がん研究機関(IARC)は、夜間シフトを伴う交替勤務を「おそらく発がん性がある(グループ2A)」に分類しており、長期就労の健康影響は見過ごせないレベルと指摘されています。

メンタルヘルス:高い接客負荷と不規則スケジュールの複合ストレス

ホテル・飲食・食品業界のシフト勤務者199名を対象とした欧州の横断研究では、調査対象者の約20%が「高ストレスリスク群」に分類されたことが報告されています[3]。このリスク群では、28%が健康を損なうレベルの「努力-報酬不均衡(ERI)」を示し、52%に「回復不能感(inability to recover)」が認められたとされています。日本でも接客業の感情労働による疲弊が認識されつつありますが、職種・業種固有のストレス対策を講じている企業はまだ少数にとどまっています。

小売・飲食業の従業員が直面する3大健康リスク(腰痛・シフト勤務・メンタル)を示す図解
図1:小売・飲食業の職場環境と3大健康リスクの関係(立ち仕事・不規則シフト・接客負荷)

なぜ「人が辞める」のか──健康課題と定着率の連鎖

小売・飲食業の離職率が高い理由として、労働条件の厳しさや賃金水準が挙げられますが、その根底には「体が持たない」という身体的・精神的消耗が大きく関わっているとされています。厚生労働省の「雇用動向調査(令和6年)」では、卸売業・小売業の離職者数が全業種最多となっており、業界全体で人材流出が構造的課題になっています。

健康経営の観点から見ると、従業員の健康状態悪化は直接コストと間接コストの両面で企業に影響します。直接コストとして労災補償・休業補償・代替要員コストがあり、間接コストとして「プレゼンティーイズム(不調を抱えながら出社している状態による生産性損失)」があります。

経済産業省の健康経営関連資料によると、従業員の健康関連総コストのうちプレゼンティーイズムによる損失が占める割合は最も高く、医療費やアブセンティーイズム(欠勤)を大きく上回ると指摘されています[5]。「働いているが本来のパフォーマンスを発揮できていない」状態が企業収益に与えるインパクトは、アブセンティーイズム(欠勤)による損失の10倍以上に上るとする試算もあります。

小売・飲食業では、売上管理・シフト管理・接客品質が現場スタッフの体調に直結するため、健康問題の放置は即座にサービス品質と顧客満足度に波及します。採用コストの増大(離職→採用→教育のサイクル)と合わせると、予防的な健康管理への投資は「コスト」ではなく「経営リスクの低減」として位置づけるべき施策といえます。

データが示すシフト勤務と健康指標の関係

ホテル・飲食業界のシフト勤務者を対象とした前述の欧州研究では、高ストレスリスク群で心理的健康の障害が18%に認められたのに対し、低ストレス群では1%にとどまることが示されました[3]。さらに全体として、対象者の54%が高血圧傾向、60%が過体重または肥満であることも報告されており、シフト勤務者の心血管リスクの高さが示唆されています。

米国の大規模横断研究(NHANES 2007〜2010年、約5,483人)では、シフト勤務者は日中勤務者と比べて食料確保への不安(フードインセキュリティ)を抱える割合が統計的に有意に高く(8.05% vs 3.95%)、食品購入への月間支出も約56ドル少ないことが示されています[4]。不規則な勤務時間が食事の質・タイミング双方に影響することで、長期的な代謝リスクが蓄積されるとされています。

また、厚生労働省のe-ヘルスネットでは、睡眠不足が続くとレプチン(食欲抑制ホルモン)が減少しグレリン(食欲増進ホルモン)が増加するため、肥満・糖尿病リスクが上がるとされています[2]。不眠症状を持つ人は、良眠者と比較して糖尿病になるリスクが1.5〜2倍になるとの報告もあります。シフト勤務が多い小売・飲食業の従業員にとって、睡眠と生活習慣病の関係は特に注意が必要な視点です。

シフト勤務が引き起こす内的脱同調のメカニズム:睡眠・ホルモン・生活習慣病リスクの連鎖を示す模式図
図2:シフト勤務による内的脱同調のメカニズム(厚生労働省e-ヘルスネット[2]の報告をもとに作図)

健康経営優良法人の活用──認定が採用・取引にもたらす実利

経済産業省は「健康経営優良法人認定制度」を通じて、優良な健康経営を実践している企業の「見える化」を推進しています[5]。この認定制度は大規模法人部門と中小規模法人部門に分かれており、小売業では従業員51人以上が大規模法人部門の対象となります。

認定を受けるメリットは採用力の向上だけではありません。金融機関や取引先からの評価向上、株主・投資家からのESG評価への貢献、求人票や会社案内での認定ロゴ活用など、多面的な経営上の利点が報告されています。離職率の高さに悩む小売・飲食業にとっては、「健康に配慮した職場」であることを客観的に示せる手段として有効です。

認定要件には以下が含まれます:

  • 定期健康診断の実施(受診率100%が目標)
  • 50人以上の事業場でのストレスチェック実施(現行義務。2028年5月までに全事業場義務化の予定)
  • 健康経営の推進責任者の設置
  • 従業員への健康増進施策(食事・運動・睡眠・禁煙など)
  • 健康課題の把握と対策の実施

なお、ストレスチェックについては、2025年5月14日に改正労働安全衛生法が公布され、従業員50人未満の事業場にも義務を拡大する方針が示されました。遅くとも2028年5月までには全事業場での義務化がスタートする見通しです。小売・飲食業の多くを占める中小規模事業場にとって、今のうちから体制を整えておくことが重要です。

現場で実践できる健康対策の進め方

小売・飲食業における従業員の健康管理は、大きな設備投資がなくても段階的に進められます。以下の3ステップを基本ロードマップとして参考にしてください。

ステップ1:現状の健康課題を「見える化」する

  • 定期健康診断の受診率・有所見率を業種平均と比較する
  • ストレスチェック結果を集計し、高ストレス者の割合・職種分布を把握する
  • 休業・離職の理由を記録し、健康起因かどうかを分類する
  • 腰痛・転倒・熱中症など業務上疾病の発生傾向を業種・職場別に整理する

ステップ2:リスクに応じた環境・制度の整備

  • 腰痛対策:作業台の高さ調整、防疲労マット導入、重量物取り扱い手順の見直し、腰痛体操の実施(厚生労働省「腰痛予防対策指針」に準拠[1]
  • シフト管理:連続夜勤日数の上限設定、シフト変更の最低通知期間確保、休息インターバルの確保(勤務間11時間インターバル推奨)
  • 食事環境:勤務時間帯に合った休憩・食事時間の確保、仮眠スペースの設置(可能な範囲で)
  • メンタルヘルス:ラインケア研修(管理職向け)、相談窓口の設置・周知、EAP(従業員支援プログラム)の導入検討

ステップ3:継続的なPDCAと外部連携

  • 産業医・保健師との連携(50人以上事業場では産業医選任が義務[6]
  • 健康保険組合・協会けんぽのデータヘルス計画を活用する
  • 健康経営優良法人の申請サイクル(毎年秋〜冬)に合わせて取り組み状況を自己評価する

腰痛対策と腰痛の企業取り組みについては、従業員の腰痛対策を企業が進める実践ガイドも合わせてご参照ください。メンタルヘルス対策の全体像は職場のメンタルヘルス対策ガイドで詳しく解説しています。

健康経営優良法人の認定取得を検討している場合は、健康経営優良法人の取り方・認定要件と申請手順【2026年版】が参考になります。

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受診を検討したいサイン

従業員本人が、あるいは管理職が部下の状態を観察する中で、以下のサインが見られた場合は自己判断で経過観察を続けるのではなく、医療機関への受診や産業医・保健師への相談を勧めてください。

  • 腰痛が2週間以上続いている、または安静にしても和らがない
  • 下肢のしびれ・脱力感を伴う腰痛がある(坐骨神経痛の可能性)
  • 夜間に足がむくみ、静脈が浮き出てきた(下肢静脈瘤の可能性)
  • シフト変更後から1か月以上、まとまった睡眠が取れない状態が続いている
  • 出勤前の強い憂鬱感、職場に着くとめまいや動悸がする
  • 食欲の著しい低下・増加が続き、急激な体重変化がある
  • ストレスチェックで「高ストレス者」と判定され、面談を勧められた
  • 熱中症の症状(強い倦怠感・頭痛・嘔気・発汗停止)が勤務中に現れた
小売・飲食業の従業員向け健康対策ロードマップと受診を検討すべきサインを整理した図
図3:小売・飲食業の健康対策ロードマップ(ステップ1〜3)と受診検討サインの整理

参考文献

  1. 厚生労働省(2013)「職場における腰痛予防対策指針及び解説」厚生労働省労働基準局安全衛生部. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31158.html
    ― 本記事での引用箇所:立ち仕事・前傾姿勢と腰痛リスク、腰痛予防対策の環境整備・体操指導
  2. 厚生労働省 e-ヘルスネット「睡眠と生活習慣病との深い関係」健康日本21アクション支援システム. https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/heart/k-02-008.html
    ― 本記事での引用箇所:交替勤務の内的脱同調・睡眠不足とホルモン変化・糖尿病リスク増加(1.5〜2倍)・IARC分類
  3. Buruck G, et al. (2022) "Psychosocial Work Stress and Health Risks – A Cross-Sectional Study of Shift Workers From the Hotel and Catering Industry and the Food Industry." Frontiers in Public Health. PMC9024122. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9024122/
    ― 本記事での引用箇所:高ストレスリスク群20%・努力報酬不均衡28%・回復不能感52%・対象者の54%が高血圧傾向・60%が過体重または肥満
  4. Hemiö K, et al. (2022) "Shiftwork Is Associated with Higher Food Insecurity in U.S. Workers: Findings from a Cross-Sectional Study (NHANES)." Nutrients. PMC8910210. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8910210/
    ― 本記事での引用箇所:シフト勤務者の食料不安割合(8.05% vs 3.95%)・食品支出格差
  5. 経済産業省(2024)「健康経営優良法人認定制度」METI商務・サービスグループ ヘルスケア産業課. https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html
    ― 本記事での引用箇所:健康経営優良法人認定制度の概要・大規模/中小規模部門・認定要件・プレゼンティーイズムの損失割合
  6. 厚生労働省「産業医・産業保健機能と長時間労働対策について」産業医選任義務(50人以上事業場). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei02.html
    ― 本記事での引用箇所:産業医選任義務(50人以上事業場)の根拠法令
  7. 厚生労働省(2024)「令和6年雇用動向調査結果の概況」および「労働市場における未充足求人の状況」. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67666.html
    ― 本記事での引用箇所:宿泊業・飲食サービス業の人手不足の深刻さ(未充足求人事業所割合67%)

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療・法的助言に代わるものではありません。個別の労務・健康管理については、産業医・社会保険労務士・医療機関にご相談ください。法令の詳細は厚生労働省・経済産業省の最新情報をご確認ください。

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