法人・健康経営

職場の熱中症対策と企業の安全配慮義務:2025年改正規則の実務対応

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.07.06編集方針

2025年の職場における熱中症による死傷者数は1,803人と統計開始以来最多を記録しました[1]。毎年夏になると「今年も暑い」と言いながら対策が後手に回り、従業員が熱中症で倒れて初めて慌てる——そんな企業が後を絶ちません。しかし2025年6月に施行された労働安全衛生規則の改正により、職場の熱中症対策は「努力目標」から「法的義務」へと変わりました。本記事では、経営者・人事・総務担当者が押さえるべき法令の要点、リスク評価の基準、具体的な対策の進め方、そして安全配慮義務違反に問われたときのリスクまでを、実務の視点から解説します。

職場熱中症が「事業者の法的義務」になった背景

近年の職場における熱中症災害は急増の一途をたどっています。厚生労働省の統計によると、2025年の職場での熱中症死傷者数(死亡者+休業4日以上)は1,803人と、前年比約43%増で統計開始以来の最多を更新しました[1]。死亡者数は19人と前年より減少しましたが、気象庁が統計開始以来最高の気温偏差(+2.36℃)を記録した猛暑が主因と分析されています[1]。

さらに深刻なのは、死亡事故の大半が防げた可能性があるという事実です。2020年から2023年までの死亡103例の分析では、初期対応の放置・遅れが100件、重篤化後の発見が78件、医療搬送などの対応不備が41件に上り、適切な初期対応があれば多くの命が救われた可能性があるとされています[2]。

こうした状況を受けて厚生労働省は2025年4月15日に労働安全衛生規則を改正(同年6月1日施行)し、新たに第612条の2を設けました。これにより、一定条件下での作業では報告体制の整備・対応手順の作成・周知が事業者に義務付けられ、違反した場合は罰則の対象となります。

職場の熱中症死傷者数の推移と法改正の流れを示す図
図1:職場での熱中症死傷者数の推移(厚生労働省統計)と2025年規則改正の関係

WBGT(暑さ指数)とは何か――リスク評価の基本を理解する

熱中症対策の核心は、作業環境の危険度を客観的な数値で把握することです。その指標がWBGT(湿球黒球温度:Wet Bulb Globe Temperature)です。WBGTは①湿度、②日射・輻射熱、③気温の三要素を組み合わせた指標で、気温だけでは分からない「人体にとっての暑さの厳しさ」を数値化します[3]。

WBGTが気温より重要な理由は、同じ気温でも湿度が高ければ汗が蒸発しにくく体温が下がりにくいためです。たとえば気温35℃でも湿度が80%に達する梅雨明け直後の屋外作業では、WBGTは28を大幅に超えることがあります。

厚生労働省のガイドラインでは、作業強度別にWBGT基準値が設定されています[4]:

  • 安静・軽い作業(事務・立ち作業など): WBGT基準値 33(目安)
  • 中程度の作業(歩行・軽い組立作業など): WBGT基準値 28
  • 重い作業(重量物運搬・建設作業など): WBGT基準値 25
  • 非常に重い作業(炉前作業など): WBGT基準値 23

2025年の改正規則では、WBGT28以上または気温31℃以上の環境で連続1時間以上または1日4時間超の作業が見込まれる場合に、義務的な対策措置が発動します。これは建設業・製造業・物流・警備など多くの業種の屋外・高温屋内作業が対象となる水準です[2]。

測定にはJIS規格(JIS Z 8504またはJIS B 7922)に適合した測定器を使用します。環境省の「熱中症予防情報サイト」では全国のWBGT予測値・実況値を無料で参照できるため、測定器がない現場でも活用できます[3]。なお、防護服や不透湿つなぎ服を着用する場合は「着衣補正値」(例:フードなし不透湿つなぎ服は+10℃-WBGT相当)を加算することが求められます。

WBGT値と作業強度別の熱中症リスク基準を示す図解
図2:WBGT値と作業強度別の基準値の関係(厚生労働省ガイドライン[4]をもとに作図)

2025年規則改正が義務化した3つの対策体制

労働安全衛生規則第612条の2が新設したのは、大きく分けて以下の3点です[2]。

1. 報告体制の整備

熱中症の自覚症状がある労働者が自ら報告できる仕組みと、周囲の人が異変に気づいた場合に報告できる体制を整える必要があります。具体的には、朝礼での体調確認、バディ制(2人1組での相互観察)、定時巡回、報告ルートの明文化などが含まれます。ポイントは「本人が大丈夫と言っても報告できる体制」です。熱中症で判断力が低下した本人に自己申告を期待するのは限界があるため、第三者が気づいて動ける仕組みが不可欠です。

2. 対応手順の作成と整備

熱中症が疑われる症状が出た場合の対応を文書化します。具体的には、作業中断の基準と指示方法、身体の冷却方法(アイスバス・濡れタオル・ミストファンなど)、医療機関への搬送判断基準、緊急連絡網と搬送先(最寄り救急病院)の情報などです。マニュアルは現場の見やすい場所に掲示し、誰でも手順を確認できる状態にします。

3. 関係者への周知

上記の報告体制と対応手順を、現場で働く全員(正社員・パート・派遣・スポットワーカーを問わず)に伝えます。朝礼での読み合わせ、掲示板への掲示、チャット・メールでの共有などを組み合わせ、「知らなかった」という状況をなくすことが求められます。

なお、衛生管理者(50人未満の事業場では安全衛生推進者等)を中心とした管理体制の確立も必要です。現場に「熱中症予防管理者」を選任し、WBGT値の把握・報告・指示の権限を与えることが推奨されています[4]。

作業環境・作業・健康管理の「5本柱」で進める予防対策

義務化された最低限の対応に加え、ガイドラインが推奨する包括的な予防対策は「作業環境管理」「作業管理」「健康管理」「労働衛生教育」「救急処置」の5本柱で構成されます[4]。

  • 作業環境管理(発熱源の遮断・冷却):遮へい物の設置、屋根・日よけの設置、通風・冷房設備・ミストシャワーの整備。休憩場所は冷房完備で足を伸ばして横になれる広さを確保。飲料水・スポーツドリンク・経口補水液・塩飴の備え付けは安衛則第617条により義務。
  • 作業管理(熱負荷の低減):WBGTが基準値を超えた場合は1時間ごとに定期休憩を設ける。作業時間・強度の見直し、ファン付き作業服(空調服)の導入。水分・塩分の摂取目安は「0.1〜0.2%の食塩水またはナトリウム40〜80mg/100mLのスポーツドリンクを20〜30分ごとにカップ1〜2杯程度」とされています[4]。
  • 熱順化プログラム(暑熱順化):熱順化とは、暑熱環境に身体を徐々に慣らす適応過程です。ガイドラインは7日以上かけて身体的負荷を段階的に増やすプログラムの実施を定めています。熱への曝露が4日以上途絶えると順化の喪失が始まり、3〜4週間で完全に失われます。夏季休暇明け・新規入職者・スポットワーカーはほぼ「順化していない状態」として扱い、最初の1週間は作業負荷を抑え、WBGT測定や体調確認の頻度を高めることが重要です。
  • 健康管理(個人差への対応):糖尿病・高血圧症・心疾患・腎不全・精神疾患・皮膚疾患などは熱中症リスクを高めます。健康診断の結果をもとに産業医・主治医へ相談し、必要に応じて就業場所変更・作業転換などの措置を講ずることは安衛法第66条の4・5に基づく義務です[4]。朝礼時には睡眠不足・前日の飲酒・朝食未摂取・体調不良感を確認します。
  • 労働衛生教育:熱中症予防管理者向け計225分・職長等向け計60分・作業従事者向けの繰り返し実施が推奨されています。厚生労働省のポータルサイトには無料教材が公開されています。

安全配慮義務違反で問われるリスク——判例から学ぶ

熱中症による労働災害は、刑事責任(労働安全衛生法違反)だけでなく、民事上の安全配慮義務違反(民法415条)として損害賠償請求の対象となります。

2025年2月の福岡高裁判決(原審:福岡地裁小倉支部令和6年2月13日)は、海外現場での熱中症死亡事故について使用者の安全配慮義務違反を認め、損害賠償を命じました[5]。判決が指摘した問題点は以下のとおりです:

  • WBGT値(推定31〜35℃)の測定を怠っていた
  • 初めての暑熱地域での就労にもかかわらず、暑熱順化期間を確保しなかった
  • 食欲不振・嘔吐などの初期症状が出た後も「大丈夫」という本人の言葉を信じ、医療搬送を遅らせた

判決は、厚生労働省の通達(WBGT活用、作業環境管理、健康管理、救急処置などを定めたもの)は「安全配慮義務の内容を検討する上で参考とされるべきもの」と位置づけ、通達に定められた対策の実施を怠ることが義務違反につながると判示しました[5]。

つまり、「行政通達は努力目標に過ぎない」という考え方は裁判所には通用しません。ガイドラインや通達が示す対策を実施していないこと自体が、安全配慮義務違反の根拠として使われます。コンプライアンスの観点からも、対策の記録(WBGT測定記録・教育実施記録・健康確認記録など)を文書として残しておくことが重要です。

受診を検討したいサイン(レッドフラッグ)

熱中症は早期対応がその後の経過を大きく左右します。以下のサインが現れた場合は、迷わず医療機関への搬送を検討してください。現場で「大丈夫そうだから様子を見よう」と判断して対応が遅れたケースで死亡や後遺症が残った事例が多く報告されています。

  • 意識がない、呼びかけに反応しない、または反応が鈍い
  • けいれんを起こしている
  • 体温が著しく高い(38℃以上が目安)
  • 皮膚が熱く乾燥している(汗が止まっている)
  • 言葉が出ない、ろれつが回らない、歩けない
  • 水分を自力で飲めない状態
  • 涼しい場所に移動・身体冷却後も症状が改善しない

上記に該当する場合は直ちに119番通報し、救急車を待つ間は涼しい場所へ移動させ、首・脇の下・鼠径部を氷や冷たいタオルで冷やします。意識がある場合はスポーツドリンクや経口補水液を少量ずつ飲ませます。意識がない場合は誤嚥のリスクがあるため口から飲ませてはいけません。

熱中症の症状が軽度でも、高温環境での作業後に頭痛・倦怠感・食欲不振が続く場合は、医療機関を受診し経過を診てもらうことが勧められます。

熱中症の緊急搬送が必要なサインと職場での初動対応を示す整理図
図3:熱中症レッドフラッグと職場での緊急時初動フロー(厚生労働省ガイドライン[4]をもとに作図)

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参考文献

  1. 厚生労働省(2026年)「2025年(令和7年)職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」厚生労働省. 厚生労働省PDF
    ― 本記事での引用箇所:「2025年の職場での熱中症死傷者数は1,803人と統計開始以来最多」「死亡者数19人・前年比39%減少」の根拠
  2. 厚生労働省(2025年)「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について(令和7年厚生労働省令第57号)」厚生労働省. 厚生労働省PDF
    ― 本記事での引用箇所:「安衛則第612条の2の新設」「義務化の3要件(環境・時間条件と報告体制・手順作成・周知)」の根拠
  3. 環境省(2024年)「暑さ指数(WBGT)とは?」環境省 熱中症予防情報サイト. 環境省WBGT情報サイト
    ― 本記事での引用箇所:「WBGTの3要素(湿度・輻射熱・気温)」「WBGT28超で熱中症患者が著しく増加」の根拠
  4. 厚生労働省(2026年)「職場における熱中症防止のためのガイドライン」厚生労働省. STOP!熱中症クールワークキャンペーンページ
    ― 本記事での引用箇所:「水分・塩分の摂取目安(0.1〜0.2%食塩水・20〜30分ごとカップ1〜2杯)」「熱順化プログラムの7日以上の実施」「熱中症予防管理者の選任」「5本柱の対策体制」の根拠
  5. 五常法律事務所(2025年)「熱中症による従業員の死亡と安全配慮義務違反(福岡高裁令和7年2月18日判決)」五常パートナーズ労務コラム. 判例解説コラム
    ― 本記事での引用箇所:「WBGT測定の懈怠・暑熱順化期間の不確保・初期症状対応の遅れが安全配慮義務違反と認定」「行政通達が安全配慮義務の内容を検討する上で参考とされるべきもの」の根拠

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、法律上の解釈や医学的診断に代わるものではありません。労働安全衛生法令の解釈・適用については所轄の労働基準監督署または弁護士・社会保険労務士にご相談ください。従業員の症状が続く・悪化する場合は医療機関にご相談ください。

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