法人・健康経営

高年齢労働者の転倒・腰痛・熱中症対策|エイジフレンドリー職場づくりの実践ガイド

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.07.05最終更新 2026.07.04編集方針

60歳以上の労働者が全死傷者数の約3割を占める——。厚生労働省の統計が示すこの数字は、企業の人事・労務担当者にとって無視できない現実です[1]。少子高齢化の進行とともに高年齢労働者の雇用は今後も増加が見込まれ、労働安全衛生の観点でのリスク管理が経営課題として浮上しています。本記事では、経営者・人事担当者向けに、エイジフレンドリー職場づくりの法的根拠から具体的な対策手順、補助金の活用方法まで実務的に解説します。

なぜ今、高年齢労働者の安全対策が急務なのか

2023年時点で、労働者全体に占める60歳以上の割合は18.7%にとどまります。一方、休業4日以上の労働災害死傷者に占める60歳以上の割合は29.3%に達しています[1]。労働者に占める割合を大きく上回る死傷者割合は、高年齢労働者が統計的に高いリスクにさらされていることを示しています。

さらに、60歳代以上の死傷年千人率(労働者1,000人あたりの労働災害発生件数)は4.00(令和6年)と、全年齢平均を大きく上回る水準が続いています[1]

加齢とともに身体に起きる変化が、この数字の背景にあります。筋力・バランス能力の低下、視力・聴力の衰え、反射神経の鈍化、そして暑熱環境への適応力の低下。これらは誰にでも訪れる自然な変化ですが、それを考慮しない職場環境のままでは、災害リスクが大幅に高まります。

  • 転倒災害:60歳前後の転倒による労働災害発生率は20歳代と比較して6〜7倍に達するとされています[2]
  • 転倒による骨折:女性の60歳以上の転倒骨折発生率(死傷年千人率2.41)は、20代(同0.16)の約15倍に相当します[1]
  • 墜落・転落:60歳以上男性の発生率は20代の約3.5倍とされています[1]

2024年(令和6年)の転倒災害死傷者数は36,378人、動作の反動・無理な動作(腰痛関連)は22,218人に達しており、4年連続で増加傾向にあります[1]。少子高齢化が進む中、高年齢労働者の安全対策は今後さらに重要性を増すと考えられます。

高年齢労働者が直面する3大労働災害リスク(転倒・腰痛・熱中症)の概念図
図1:高年齢労働者が直面する3大リスク——転倒・腰痛・熱中症。加齢による身体機能変化がリスクを高める

エイジフレンドリーガイドラインと法規制の動向

厚生労働省は2020年3月、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を策定しました[3]。このガイドラインは事業者と労働者の双方に対し、高年齢労働者の特性に配慮した取り組みを求めるものです。

さらに2026年2月には「高年齢者の労働災害防止のための指針」が厚生労働大臣により公示され、同年4月1日から適用されています[3]。労働安全衛生法に基づく本指針の策定は、高年齢労働者対策が任意の努力義務から一歩踏み込んだ段階に入ったことを意味します。

ガイドラインが事業者に求める主な取り組みは以下の5つに整理されます。

  • 安全衛生管理体制の整備:経営トップによる方針表明。高年齢労働者の身体機能低下リスクを前提とした安全衛生計画の策定
  • 職場環境の改善:照度の確保、段差の解消、転倒しにくい床材の採用、スロープの設置、補助機器の導入等
  • 健康・体力状況の把握:健康診断の活用に加え、体力チェックを継続的に実施し、本人・事業者双方が身体機能を「見える化」する
  • 業務のマッチング:把握した体力・健康状況に応じ、安全と健康の両面でその人に適合する業務に配置する
  • 安全衛生教育の充実:文字情報に加え、写真・映像等を活用した丁寧な教育訓練の実施

熱中症対策の面では、2025年6月1日に改正労働安全衛生規則が施行され、WBGT値28度以上(気温31度以上)の暑熱環境下で継続して1時間以上または1日4時間を超えて作業させる場合、報告体制と応急措置体制の構築・周知が事業者に義務付けられました[4]。高年齢労働者は加齢や疾患により脱水状態であっても自覚症状に乏しい場合があるとされており、特に注意が必要です。

年齢層別の労働災害発生率(転倒)の比較グラフ——60歳以上は20代の6〜15倍の水準
図2:年齢層別の転倒・骨折に関する労働災害リスクの比較イメージ(厚生労働省「令和6年 高年齢労働者の労働災害発生状況」をもとに作図、[1])

3大リスク別:事業者が取り組むべき具体的対策

高年齢労働者に特に多い「転倒」「腰痛」「熱中症」の3つについて、事業者が講じるべき具体的な対策を整理します。

【転倒災害の防止対策】

転倒災害は全業種に共通して発生しうる最多の労働災害類型です(令和6年:36,378人)。環境面では、床の凹凸・段差の解消、雨天時の滑り止めマットの設置、通路の照度確保(200ルクス以上推奨)が基本となります。

  • 歩行動線の障害物を定期的に点検・除去する
  • 作業靴を滑りにくいものに切り替える(エイジフレンドリー補助金の対象)
  • 頻繁に使う棚・物品の高さを腰〜肩の範囲に収める(ステップ台使用を最小限にする)
  • 高年齢労働者向けに「転倒等リスク評価セルフチェック票」(厚生労働省)を活用した個人の転倒リスク把握を行う

【腰痛の防止対策】

「動作の反動・無理な動作」による死傷者は令和6年に22,218人に達しており、高齢の介護・建設・製造業従事者での発生が目立ちます。厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」(2013年策定)は、自動化・機械化を最優先に、やむを得ず人力作業が残る場合は人数分担・姿勢指導・補助器具の活用を求めています[5]

  • 重量物の取り扱いは男性25kg・女性15kgを目安に超える場合は複数人で対応
  • アシストスーツ(パワーアシスト機器)の導入で腰部への負担を軽減する(エイジフレンドリー補助金の対象)
  • 介護施設ではノーリフティングケア用の移乗機器・スライディングシートの導入
  • 腰部保護ベルトは個人差があるため、一律使用より個別効果確認を前提として用いる

【熱中症の防止対策】

高年齢労働者は発汗機能の低下・自律神経調節力の衰えにより、暑熱環境での熱中症リスクが高いとされています。2025年6月の法改正を受け、以下の体制整備が必須となっています[4]

  • WBGT測定器の設置・管理(暑熱作業場所への設置が望ましい)
  • 報告体制の構築:症状を発見した者が報告できる連絡先・担当者を事前に定め周知する
  • 応急措置手順の文書化:作業離脱・身体冷却・医師診察・緊急搬送先を事前に文書化して周知
  • 水分・塩分の補給設備の確保と定期的な休憩時間の設定

リスクアセスメントと「見える化」の進め方

エイジフレンドリーガイドラインの核心は、高年齢労働者の身体機能の「見える化」にあります。事業者と本人の双方が現状を正確に把握することで、業務配置の最適化と自発的な体力維持への動機付けが生まれるとされています[3]

中央労働災害防止協会(中災防)は「エイジアクション100」と呼ばれるチェックリストを無料で提供しており、転倒・腰痛・熱中症等のリスク要因を100項目で点検できます。また、身体機能チェックとしては以下が活用されています。

  • 2ステップテスト:2歩で踏み出した距離を身長で割った「2ステップ値」で歩行能力・下肢筋力を評価。値が低いほど転倒リスクが高まるとされています
  • 片足立ちテスト:目を開けたまま片足立ちが何秒保てるかでバランス能力を確認
  • 握力測定:全身の筋力の代替指標として活用

チェック結果は個人情報として適切に管理し、本人への開示・フィードバックを原則とします。結果に基づいて事業者は業務配置の見直しを検討し、本人には体力維持のための具体的な取り組み(転倒予防体操、ウォーキング習慣等)を促します。

リスクアセスメントについては、エイジフレンドリー補助金を活用して労働安全衛生の専門家によるコンサルタントに依頼することも選択肢の一つです。専門家が職場を実地調査し、転倒・腰痛・熱中症のリスクポイントを洗い出す「専門家によるリスクアセスメント」コースが設定されています。

エイジフレンドリー補助金の活用(中小企業向け)

高年齢労働者の安全対策には費用がかかることも事実です。中小企業にとって設備改善の初期投資は負担になりやすいですが、「エイジフレンドリー補助金」を活用することで費用の一部を補助を受けられる可能性があります[3]

この補助金は厚生労働省が実施する中小企業向けの支援制度で、60歳以上の高年齢労働者を雇用する中小企業事業者が、高年齢労働者の労働災害防止対策や健康保持増進に取り組む際の費用を補助するものです。令和8年度の申請受付期間は2026年5月20日〜10月31日(予算額に達した場合は途中で終了)とされています。

補助の概要として、原則として補助率は2分の1(一部コースは4分の3)、上限額は取り組み内容によって異なります。対象となる費用の例としては以下が挙げられています。

  • 転倒防止のための床材の改修・マット敷設工事
  • 段差解消・スロープ設置工事
  • 照度向上のための照明設備改修
  • アシストスーツ・腰部支援機器の購入(対象者の人数分が上限)
  • WBGT測定器・冷風機・ミストシャワー等の熱中症対策機器
  • 労働安全衛生専門家によるリスクアセスメント実施費用
  • 健康保持増進のための運動指導プログラム費用

申請先は「一般社団法人日本労働安全衛生コンサルタント会 エイジフレンドリー補助金事務センター」(電話:03-6381-7507)です。申請前に、専門家によるリスクアセスメントの実施が補助要件となるコースもありますので、早めに情報収集・相談を行うことが推奨されます。

取り組みに際して、よく見られる落とし穴にも触れておきます。体力チェックは年1回程度の継続実施が推奨されます。一度きりで終わると変化を捉えられません。また60歳であっても体力・健康状態は個人差が大きいため、年齢だけで業務を制限するのではなく体力チェック結果に基づく個別対応が基本です。ハード面(床材・照明)とソフト面(教育・訓練)の両輪で推進することも重要とされています[3]。安全衛生管理者の選任義務のない規模(常時50人未満)の事業場では、外部の労働安全コンサルタントや産業保健スタッフの活用も選択肢となります。

エイジフレンドリー職場づくりの4ステップサイクル:現状把握・職場環境改善・体力チェック・継続的見直し
図3:エイジフレンドリー職場づくりの推進サイクル——現状把握・改善・体力見える化・継続見直しのループ(エイジフレンドリーガイドラインをもとに作成、[3])

受診・専門家への相談を検討したいサイン

以下に該当する状況がある場合、自社内の対応だけでなく、医療機関への受診や産業保健・労働安全の専門家への相談を検討することが望まれます。

  • 高年齢労働者が転倒・転落し、打撲・骨折等の怪我を負った、または一時的であっても意識障害・激しい頭痛があった場合(速やかに医療機関を受診)
  • 作業中に高齢の従業員が急激な体調不良(頭痛・吐き気・ふらつき)を訴えた場合(熱中症の疑い:涼しい場所に移動・水分補給・医療機関への連絡)
  • 腰痛を訴える労働者が出勤困難なほど痛みが強い場合、または下肢のしびれ・脱力を伴う場合(整形外科受診を勧める)
  • 自社での安全対策だけでは手が回らない、専門的なリスクアセスメントが必要と感じる場合(産業医・労働安全コンサルタント・中央労働災害防止協会の相談窓口へ)
  • 複数の高年齢労働者から「職場環境が危険」「疲れやすくなった」という声が上がっている場合(安全衛生委員会での協議・ガイドラインに沿ったリスクアセスメントの実施を検討)

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参考文献

  1. 厚生労働省(令和6年)「令和6年の労働災害発生状況を公表」厚生労働省. 厚生労働省ウェブサイト
    ― 本記事での引用箇所:60歳以上の死傷者割合29.3%、転倒死傷者36,378人、動作の反動22,218人、60歳以上死傷年千人率4.00、女性転倒骨折発生率(60歳以上2.41 vs 20代0.16)の根拠
  2. 労働安全衛生総合研究所(2015年)「年齢別にみた労働災害件数の現状」安全の広場 No.78. JNIOSH ウェブサイト
    ― 本記事での引用箇所:「転倒は20歳に比べると60歳前後で6〜7倍」の根拠
  3. 厚生労働省(2020年3月)「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」厚生労働省. 厚生労働省ウェブサイト
    ― 本記事での引用箇所:ガイドラインの策定背景・事業者への5項目の取り組み・エイジフレンドリー補助金制度・身体機能の見える化の根拠
  4. 厚生労働省(令和7年)「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」厚生労働省. 厚生労働省PDF
    ― 本記事での引用箇所:WBGT28度以上の暑熱作業での報告体制・応急措置体制の義務化(2025年6月施行)の根拠
  5. 厚生労働省(2013年)「職場における腰痛予防対策指針及び解説」厚生労働省. 厚生労働省PDF
    ― 本記事での引用箇所:重量物取り扱いの目安(男性25kg・女性15kg)、腰部保護ベルトの個別効果確認の原則の根拠

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療・法律上のアドバイスに代わるものではありません。労働安全衛生法・関連法令への対応については、社会保険労務士・労働安全コンサルタント・所轄の労働基準監督署にご相談ください。

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