従業員の健康管理に本腰を入れたいが、「コストが先行して見えない」「どこから手をつけれれば良いか分からない」と感じている経営者・人事担当者は少なくありません。健康経営は単なる福利厚生ではなく、生産性向上や人材定着に直結する経営戦略です。そして、その取り組みを後押しする助成金・補助金が複数存在します。本記事では、健康経営に活用できる主要な公的支援制度を整理し、申請の注意点も含めてご紹介します。
健康経営とは何か──経済産業省が定義する「投資」の考え方
「健康経営」は、従業員の健康保持・増進への取り組みを、将来的に収益性等を高める投資 と位置づけ、健康管理を経営的視点から戦略的に実践することです[1] 。経済産業省が推進し、日本健康会議が認定する「健康経営優良法人」制度は、大規模法人部門と中小規模法人部門の2区分で構成されています。
2026年3月の発表によると、大規模法人部門に3,765法人、中小規模法人部門に23,085法人が認定されています[1] 。認定されると、ロゴマークの使用が可能になるほか、自治体・金融機関からの優遇(入札加点・融資優遇・保証料減額等)といったインセンティブを受けやすくなるとされています。
一方、経営上の実態にも研究知見が蓄積されています。経済産業研究所(RIETI)の研究によると、従業員の健康を経営理念に掲げ社内に浸透させるような施策を実施した企業では、利益率にプラスの影響が確認されており 、健康アウトカムの改善が利益率を有意に高める可能性が示唆されています[4] 。健康経営は「コスト」ではなく「投資」と捉えることが、制度を活用する出発点です。
図1:健康経営の概念図──健康投資が企業価値向上につながる循環(経済産業省の推進方針をもとに作図)
健康関連コストの実態──プレゼンティーズムが企業に与える影響
健康問題が企業に与えるコストは、「欠勤・休職(アブセンティーズム)」だけではありません。より大きな損失が隠れているのが、プレゼンティーズム(Presenteeism) です。これは、心身の不調を抱えながらも出勤して業務を続けているが、本来の生産性を発揮できていない状態を指します[3] 。
厚生労働省が公開した「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」では、健康関連コストのうちプレゼンティーズムが占める割合は77.9% にのぼると報告されています[3] 。医療費(15.7%)やアブセンティーズムを大きく上回る数字であり、「見えないコスト」として経営の課題となります。
プレゼンティーズムによる損失は欠勤・休職コストを大きく上回るとされており、「見えないコスト」として経営課題の中心に位置します[3]
このような損失を把握・対策することが、健康経営の具体的な投資対効果につながります
プレゼンティーズムは肩こり・腰痛・メンタルヘルス不調など多様な原因で生じ、施策を打つ前に「自社でどの健康課題が大きいか」をデータで把握することが、助成金活用も含めた施策選定の前提となります。
健康経営に活用できる主要な助成金・補助金一覧
健康経営を「直接支援」する名称の助成金は一般的に存在しませんが、関連施策(働き方改革・健康づくり制度の導入・高齢者雇用・受動喫煙防止等)を対象とした助成金・補助金が厚生労働省を中心に整備されています[2] 。以下に主要なものを整理します。
図2:健康経営に関連する主要な助成金・補助金の全体像(厚生労働省・経済産業省の公開資料をもとに作図)
人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース) は、企業が「健康づくり制度」を含む5種類の雇用管理制度を導入し、離職率の低下目標を達成した場合に助成が受けられる制度です[2] 。健康づくり制度の助成額は20万円(賃金要件達成時は25万円)が基本で、複数制度を導入した場合の上限は80万円(要件達成時100万円)です。
対象 :すべての事業主(規模を問わず。ただし一定の労働局認定要件あり)
主な要件 :雇用管理制度等整備計画の認定取得→制度導入→離職率1ポイント以上の低下(雇用保険一般被保険者9人以下は上回らないこと)
窓口 :管轄の都道府県労働局
注意点 :事前計画の認定が必要。施策実施後の申請は対象外となる場合があります
働き方改革推進支援助成金 は、労働時間の短縮・年次有給休暇の促進・勤務間インターバル導入などを対象とした中小企業向け助成金です[2] 。健康経営に向けた「働きやすい職場づくり」の環境整備を経費面でサポートします。コースによって対象費用・助成率が異なるため、自社の施策に合ったコースの確認が必要です。
エイジフレンドリー補助金 は、60歳以上の高年齢労働者を1人以上雇用する企業が対象で、転倒・腰痛・熱中症などの労働災害防止に向けた設備改善や専門家指導の経費の一部(最大100万円)を補助します[5] 。令和8年度の申請受付は2026年5月20日から10月31日まで(予算に達した時点で受付終了)とされています。
対象 :60歳以上の高年齢労働者を常時1人以上雇用する中小企業
上限 :補助対象経費の1/2・最大100万円
申請先 :一般社団法人日本労働安全衛生コンサルタント会 エイジフレンドリー補助金事務センター
両立支援等助成金 は、育児・介護と仕事の両立を支援する体制を整備した企業に支給される助成金です。出生時両立支援コース・介護離職防止支援コースなど複数のコースがあり、従業員が心身の健康を保ちながら就業を継続できる職場環境の整備に活用されています[2] 。
受動喫煙防止対策助成金 は、喫煙専用室や加熱式たばこ専用喫煙室の整備費用を補助するものです。健康経営優良法人の認定要件にも関連しており、職場の健康環境づくりに取り組む企業が活用してきました(年度により募集条件が変わるため、最新情報の確認が必要です)[2] 。
団体経由産業保健活動推進助成金 は、労働保険の事務組合や健康保険組合などを通じて産業保健活動を実施した場合に助成される制度です。規模の小さな企業が産業医の活用や健康相談体制を整備する際に検討できます。
健康経営優良法人の認定ステップ──申請の全体像
助成金の活用と合わせて、健康経営優良法人の認定取得を目標に据えると、社内の健康施策が体系化されやすくなります。認定には大規模法人部門(大企業等)と中小規模法人部門(中小企業等)の2区分があります[1] 。
中小規模法人部門の主な認定要件の構成(2026年時点。年度ごとに改定されるため、最新情報は認定事務局ポータルサイト「ACTION!健康経営」で確認してください):
経営者のコミットメント(健康宣言・保険者への届出)
健康課題の把握と目標設定(健康診断受診率の把握等)
具体的な施策の実施(ストレスチェック・健康相談窓口の設置・腰痛・メンタル対策など)
施策の評価・改善のサイクル(PDCA)の導入
また、2025年5月に公布された改正労働安全衛生法により、労働者数50人未満の事業場にもストレスチェックが義務化 されることとなりました(令和10年4月1日施行予定)[6] 。現在対象外の中小企業も、早めの体制整備が求められます。ストレスチェックの結果を健康経営の施策立案に活かすことで、助成金申請に必要な「課題把握→施策実施」の流れを自然に構築できます。
申請時のよくある落とし穴と対処法
助成金・補助金を活用する際には、以下の点に注意が必要です。多くの企業が直面するつまずきを整理しました。
「先に施策を実施してから申請」はNG ──多くの助成金は、計画の認定・届出を先に行ってから施策を実施する「事前申請」が原則です。すでに実施した施策は対象外になる場合があります。
支払いは後払いが基本 ──助成金・補助金は原則として施策実施後に支給されます。先行する費用の資金繰りは事前に計画が必要です。
要件・金額・期間は年度ごとに変わる ──本記事で紹介した数字・条件は2026年6月時点の情報です。申請前に必ず所管官庁・窓口で最新情報を確認してください。
書類準備に時間がかかる ──就業規則の改定・賃金規定の整備・施策の実施記録など、多くの書類が求められます。社会保険労務士への相談も有力な選択肢です。
離職率要件の達成が前提 ──人材確保等支援助成金は、施策導入後に一定の離職率低下が必要です。短期的な成果だけでなく、継続的な職場環境改善が問われます。
助成金は「要件を満たせば必ず受給できる支援金」という性質のものです(補助金とは異なり審査で落選する制度ではありませんが、要件充足の証明が求められます)。制度の趣旨を理解したうえで、実質的に職場環境を改善するための手段として位置づけることが大切です。
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受診を検討したいサイン──健康経営でも見逃せない従業員の変化
健康経営の推進中にも、以下のような従業員の変化が見られた場合は、個別の医療・産業保健対応も合わせて検討することをお勧めします。健康経営施策は予防・環境整備が中心ですが、個人の健康問題は職場環境の改善だけでは解決できない場合があります。
急激な欠勤・遅刻・早退の増加、または著しい集中力低下が続いている
ストレスチェックで「高ストレス者」に該当した従業員へのフォローアップ面談が実施されていない
健康診断で異常値が指摘されたにもかかわらず、再検査・治療につながっていない状態が続いている
腰痛・肩こり・頭痛の訴えが業務に支障をきたすレベルに達している
本人が体調不良を訴えているにもかかわらず、職場での対応が「異常なし」で処理されている
休職後の段階的職場復帰(リワーク)のサポート体制が整っていない
これらのサインが見られた場合は、産業医・かかりつけ医・専門医への相談を促し、必要に応じて就業制限や職場配慮の措置を講じてください。健康経営の推進と個々の従業員への丁寧な個別対応は、両輪で進めることが大切です。
図3:健康経営の推進ステップと各助成金の活用タイミング・注意点の整理図
参考文献
経済産業省(2026) 「健康経営優良法人認定制度」経済産業省 ものづくり/情報/流通・サービス ヘルスケア産業 . 経済産業省公式サイト ― 本記事での引用箇所:健康経営の定義・2026年認定法人数(大規模3,765法人・中小規模23,085法人)・インセンティブ内容
厚生労働省(2026) 「人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)」厚生労働省 . 厚生労働省公式サイト ― 本記事での引用箇所:健康づくり制度を含む雇用管理制度の助成額(20万円・上限80万円)・要件(計画認定・離職率要件等)
厚生労働省 保険局(2017年7月) 「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」厚生労働省 . 厚生労働省(PDF) ― 本記事での引用箇所:健康関連コスト3企業・組織合計(N=3,429)におけるプレゼンティーズムの割合(77.9%)・医療費の割合(15.7%)
山本勲・福田皓・永田智久・黒田祥子(2021) 「健康経営銘柄と健康経営施策の効果分析」RIETI Discussion Paper Series 21-J-037 . 独立行政法人経済産業研究所. RIETIサイト(PDF) ― 本記事での引用箇所:健康を経営理念に掲げる施策が利益率にプラスの影響をもたらすという研究知見
厚生労働省(2026) 「エイジフレンドリー補助金」厚生労働省 . 厚生労働省公式サイト ― 本記事での引用箇所:エイジフレンドリー補助金の対象・上限額(最大100万円)・令和8年度申請受付期間(2026年5月20日〜10月31日)
厚生労働省(2025) 「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」厚生労働省 . 厚生労働省公式サイト ― 本記事での引用箇所:50人未満事業場へのストレスチェック義務化(改正労働安全衛生法・令和10年4月1日施行予定)
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療・経営アドバイスに代わるものではありません。記載している助成金・補助金の要件・金額・申請期間は掲載時点(2026年6月)の情報であり、年度ごとに変更される場合があります。申請にあたっては必ず各所管官庁・窓口に最新情報をご確認ください。個別の健康問題については、医療機関または産業医にご相談ください。