「健康経営優良法人の認定を取りたいが、健康経営度調査に何をどう書けばよいのか分からない」——人事・総務担当者からそのような声をよく耳にします。健康経営度調査は、経済産業省が定める健康経営優良法人(大規模法人部門)の認定審査を兼ねる調査票であり、回答内容が認定可否に直結します。本記事では、調査の位置づけと構造を整理したうえで、各評価軸への回答準備をどのように進めるかを実務的な観点から解説します。
健康経営度調査とは何か——目的と位置づけ
健康経営度調査は、経済産業省と株式会社日本経済新聞社(調査実施委託:株式会社日本総合研究所・株式会社日経リサーチ)が連携して実施する調査です[1] 。その主な目的は2つあります。第一に、「健康経営銘柄」の選定および「健康経営優良法人(大規模法人部門)」の認定審査のための基礎情報を得ること。第二に、各法人の健康経営取り組み状況を経年で追い、国内企業全体の傾向を分析することです。
認定を受けた法人には、フィードバックシートが送付されます。これは自社の健康経営の実践レベルを可視化したもので、次年度の施策改善にも活用できます。また、申請が大規模法人部門に該当するかどうかは業種・従業員数などの条件によって異なります[1] 。製造業その他では301人以上、卸売業・サービス業・医療法人等では101人以上、小売業では51人以上が大規模法人部門の目安とされています。
調査自体は大企業を主な対象としていますが、経済産業省は中小企業にとっても「何が重視されるのか、何からどのように取り組めば良いのかがわかる」ツールとして活用を推奨しています[1] 。中小規模法人部門への申請は別途「健康経営優良法人認定申請書」を用いますが、評価の考え方は共通しています。
図1:健康経営度調査から健康経営優良法人認定までの全体像(経済産業省の制度に基づき作図)
評価フレームワーク——5つの軸をどう理解するか
健康経営度調査の評価は、産業医・保険者・投資家等で構成される基準検討委員会が策定したフレームワークに基づきます[2] 。この評価モデルは「法令遵守・リスクマネジメント」を前提に置き、以下の4つの評価軸で構成されています。
経営理念・方針 :経営トップのコミットメント、統合報告書等を通じた社内外への発信
組織体制 :経営層が参加する健康づくり体制の構築、専門職・健康保険組合との連携
制度・施策実行 :健康課題の把握・計画策定、ヘルスリテラシー向上研修、食事・運動・メンタルヘルス・受動喫煙対策・女性の健康課題対応など施策の実施
評価・改善 :実施した取り組みの効果検証と施策改善のサイクル
各設問への回答はこのフレームワークに基づき分類され、各軸の得点を偏差値化したうえで重み付けを掛け合わせたものが総合評価となります[2] 。重要なのは、「施策を実施しているか否か」だけでなく、「経営基盤から現場施策まで各レベルが連動・連携しているか」という視点で評価される点です。
2024年度からは、健康経営銘柄・健康経営優良法人ホワイト500に認定されるための必須要件として、「従業員パフォーマンス指標および測定方法の開示」が追加されました[3] 。具体的には、アブセンティーイズム(健康問題による欠勤・休職)、プレゼンティーイズム(体調不良を抱えながら出勤し生産性が低下した状態)、ワーク・エンゲージメントのいずれかを計測・開示することが求められます。
図2:健康経営度調査の評価フレームワーク(ACTION!健康経営ポータルサイトの公開情報をもとに作図)[2]
回答前の準備——どの部署と何を揃えるか
調査票は人事・労務部門を中心に、必要に応じて経営層や健康保険組合と調整しながら回答することが推奨されています[1] 。現場感覚として、「いざ回答しようとしたら社内データが散在していて収集に時間がかかった」というケースは少なくありません。下記の準備を事前に整えておくと回答がスムーズになります。
健康診断データ :受診率・有所見率・精密検査受診率など。定期健診の受診率は法令遵守の確認項目でもあります。
ストレスチェックの実施状況 :常時50人以上の事業場では実施義務があります。実施率・集団分析の有無・高ストレス者フォローの有無を整理します。
産業医・保健師との連携状況 :専門職の関与は組織体制軸の評価項目に含まれます。委託先、面談頻度、報告体制などを確認しておきます。
施策一覧 :運動促進・食生活改善・禁煙支援・メンタルヘルス対策・女性の健康支援など、実施した取り組みを列挙し、参加率・実施率が分かる記録を用意します。
パフォーマンス指標の計測結果 :プレゼンティーイズム(WFun等)・アブセンティーイズム(欠勤率)・ワーク・エンゲージメント(組織サーベイ等)のいずれかが必須です。
経営トップの関与の記録 :健康宣言、健康経営推進責任者の設定、役員・人事トップが参加した健康関連会議の議事録などが根拠資料となります。
大企業ほど部門間の情報連携に時間を要します。回答期限(例年10月上旬)の2〜3か月前から準備を始めると余裕をもって対応できます。
各軸の回答で押さえたいポイント
実際に回答を進める際、軸ごとに注意すべきポイントがあります。
経営理念・方針 の軸では、健康経営を明文化した宣言や経営計画への記載が問われます。「社長が口頭で推進を表明している」という状態では記録として残りにくいため、ホームページや社内規程に反映されているかどうかを確認します。
組織体制 の軸では、健康経営推進担当者の設置だけでなく、経営層(役員・社長)が責任者として関与しているかどうかが評価されます。衛生委員会や安全衛生委員会への経営層の参加記録があると望ましいとされています。また健康保険組合(協会けんぽ等)との「コラボヘルス」——事業主と保険者が連携して従業員の健康支援を行うこと——の状況も評価項目に含まれます[3] 。
制度・施策実行 の軸は設問数が最も多い軸です。施策の網羅性だけでなく、「健康課題を分析して優先順位をつけ、目標値と目標年限を設定しているか」というPDCAの起点部分も評価されます。施策の「参加率・実施率の測定」まで求められる項目もあるため、単に実施したかどうかだけでなく、参加者数や実施割合のデータを保管しておくことが重要です。
評価・改善 の軸では、前年度の取り組みを振り返り、効果を検証したうえで次の施策に反映しているサイクルが問われます。フィードバックシートで示される前年比の変化や、健康診断結果の推移データなどが活用できます。
よくある落とし穴——スコアが伸びにくい3つのパターン
健康経営度調査への取り組みを積み重ねている企業でも、スコアが思うように伸びないケースがあります。以下は典型的な落とし穴です。
「施策はあるが数値がない」パターン 。健診受診の保健指導を実施していても、参加率や指導後のフォロー率を記録していないと、回答欄に記入できる根拠がありません。施策とセットで「誰に・何件・何%」という数値記録を残す運用が必要です。
「担当者のみで完結している」パターン 。健康経営の旗振りを人事担当者1名が担い、経営層や衛生委員会との連携が薄い状態では、組織体制軸のスコアが下がりやすくなります。経営層が関与する会議体に健康経営テーマを組み込むことが対策の一つとなります。
「パフォーマンス指標を計測していない」パターン 。プレゼンティーイズムやワーク・エンゲージメントは計測ツールを導入しなければ数値化できません。2024年度からこれらの測定・開示が必須要件に加わったこともあり[3] 、計測の仕組みを早期に整えることが認定維持のカギになります。WFun(Work Functioning Impairment Scale)やUTH-HPQ(WHO Health and Productivity Questionnaire)など実績のあるツールが複数ありますので、自社規模に合ったものを選ぶことが考えられます。
調査回答が経営にもたらす意義
健康経営度調査はあくまで「調査票」ですが、回答プロセス自体に実務的な価値があります。各設問を埋めようとすることで、「うちの会社はストレスチェックの集団分析を活用できているか」「女性の健康課題対応の施策が今年度は何もなかった」といった自社の空白地帯が可視化されるからです。
国際的な研究では、職場の健康増進投資は医療費削減やアブセンティーイズム低減を通じて一定のコスト削減につながる可能性が示されています[4] 。また国内の調査では、健康経営優良法人に認定された法人では一般企業と比較して離職率が低い傾向が指摘されています[5] 。これらはあくまで参考値であり、同様の結果を保証するものではありませんが、健康投資を経営課題として位置づけることの意義を示す根拠として参照されています。
健康経営優良法人の認定ロゴマークは、求人広告・名刺・ホームページへの掲載が可能です。労働力人口が減少する中、採用活動や金融機関からの評価において活用できる点も、実務的なメリットの一つとして挙げられます。
受診を検討したいサイン(法人版:社内課題のレッドフラッグ)
以下の状態が貴社で複数当てはまる場合、社内の健康経営体制の見直しを検討するタイミングとして参考にしてください。
定期健康診断の受診率が法定基準(事業者として受診機会を提供する義務)を下回っている、または受診後の保健指導利用率を把握していない
ストレスチェックを実施しているが集団分析を実施しておらず、結果を職場環境改善に活かせていない
健康に関する施策を実施しているが参加率・実施率の記録が残っていない
休職者が増えているが、職場復帰支援の手順やフォロー体制が文書化されていない
産業医や保健師との連携が形式的になっており、健康課題の分析と施策立案に活かせていない
経営層が健康経営の進捗を定期的に確認する場(会議体等)がない
プレゼンティーイズムやワーク・エンゲージメントをまだ計測したことがない
上記の課題が複数該当する場合、社内の体制整備や外部専門機関(産業医・保健師・健康経営支援サービス)との連携を検討することが一つの選択肢です。
図3:回答準備のステップと社内整備チェックリストの整理図
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参考文献
経済産業省(2023年) 「健康経営度調査について」経済産業省ウェブサイト . METI公式ページ ― 本記事での引用箇所:健康経営度調査の目的・対象規模・部門区分・調査担当者への推奨事項
ACTION!健康経営ポータルサイト(日本経済新聞社、2024年) 「健康経営とは(健康経営のフレームワーク)」kenko-keiei.jp . 公式ページ ― 本記事での引用箇所:評価フレームワーク4軸(経営理念・組織体制・制度施策実行・評価改善)の構造と総合評価の算出方法
JMDCコーポレートスタジオ(2024年) 「プレゼンティーイズムとは?アブセンティーイズムとは?コラボヘルスでの対策方法を解説」stories.jmdc.co.jp . 該当ページ ― 本記事での引用箇所:2024年度から健康経営銘柄・ホワイト500の必須要件にパフォーマンス指標(プレゼンティーイズム・アブセンティーイズム・ワーク・エンゲージメント)の計測・開示が追加されたこと、コラボヘルスの概念
Baicker K, Cutler D, Song Z(2010年) 「Workplace wellness programs can generate savings.」Health Affairs . PubMed ― 本記事での引用箇所:職場の健康増進投資が医療費削減・欠勤コスト削減につながる可能性を示した国際研究の参考(ハーバード大学の研究として言及される「1ドルあたり3.27ドル削減」の元論文の一つ)
経済産業省(2024年) 「健康経営優良法人認定制度について」ACTION!健康経営ポータルサイト . 公式ページ ― 本記事での引用箇所:健康経営優良法人認定法人と一般企業の離職率比較、認定制度の社会的評価の意義
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の企業状況における法的判断・経営判断に代わるものではありません。健康経営度調査の回答にあたっては、最新の調査票・認定要件(ACTION!健康経営ポータルサイト)および顧問社労士・産業医等の専門家にご確認ください。