法人・健康経営

ITエンジニアの健康課題と企業対策──眼精疲労・腰痛・メンタルヘルスを根拠から考える

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.06.30編集方針

IT・エンジニア職は高度な専門性を要する一方で、長時間のVDT(画面端末)作業、慢性的な運動不足、納期プレッシャーによる精神的負荷が重なりやすい職種です。厚生労働省の令和5年「労働安全衛生調査」によると、メンタルヘルス不調により1か月以上休業した労働者または退職した労働者がいた事業所の割合は、「情報通信業」が32.4%で全業種中最も高いという結果が出ています[1]。本記事では、IT・エンジニア職が直面しやすい健康課題を根拠とともに整理し、企業としてどのような対策が考えられるかを解説します。

デスクワーク中心のITエンジニアが直面する健康課題の全体像:眼精疲労・運動不足・メンタルヘルス
図1:ITエンジニアが直面しやすい主な健康課題の全体像

情報通信業がメンタルヘルス不調で全業種トップとなる背景

情報通信業・IT業界がメンタルヘルス不調による休職・退職者の割合で突出している要因は複合的です。主なものを以下に整理します。

  • 納期・仕様変更による慢性的な長時間労働:プロジェクトのスコープが変わりやすく、デバッグや本番対応が深夜に及ぶことがある
  • 技術変化の速さによる学習負荷:新しいフレームワーク・クラウドサービスへの追従が求められ、業務時間外の自己研鑽が常態化しやすい
  • リモートワークによる孤立リスク:対面コミュニケーションの減少が情緒的サポートを薄め、SOSを出しにくい状況をつくる
  • 不規則な休憩・食事パターン:集中作業中は食事を後回しにしがちで、血糖変動がメンタル安定に影響しうる

コロナ禍以降のリモートワーク普及を背景に実施された研究(Maharaj ら、2022年)では、在宅勤務IT専門職934名を対象にマスラック・バーンアウト・インベントリ(MBI)でバーンアウトを評価したところ、95%がバーンアウト傾向にあると報告されています[2]。職種の性質上、業務とプライベートの境界が曖昧になりやすいことも、消耗を促進する要因として指摘されています。

長時間のVDT作業がもたらす眼・骨格への影響

ITエンジニアの日常は、画面を長時間注視するVDT(Visual Display Terminal)作業なしには成り立ちません。この作業態様が目と体幹・頸部・腰部に及ぼす影響については、国際的な研究で数多く報告されています。

2026年に『Journal of Occupational Health』誌に掲載された85件の研究を対象とした系統的レビュー(Artime-Ríosら)では、VDT使用と目の健康障害との間に一貫した関連性が確認されました[3]。主な知見として、「コンピュータービジョン症候群(CVS)」「ドライアイ疾患(DED)」などが最も広く報告された症状として挙げられ、VDT使用時間の長さ・照明条件の悪さ・定期休憩の欠如が主なリスク因子とされています。

国内のオフィスワーカー1,406名を対象とした調査では、VDT作業者の72.1%が眼精疲労・眼痛を訴え、59.3%が頸部こわばり・頸部痛を報告しています[4]。眼精疲労は単なる疲れ目にとどまらず、頭痛・集中力低下・睡眠障害とも関連することが示されており、企業の生産性を静かに侵食している可能性があります。

VDT作業による目・首・腰への負担メカニズムを示す模式図。Nakagawa 2004の調査知見(眼精疲労72.1%、頸部痛59.3%、腰痛30%)をもとに作図
図2:VDT作業者に多い症状の有病率(Nakagawa et al. 2004 [4]をもとに作図)

座りっぱなしの仕事がもたらす筋骨格系リスク

VDT作業は必然的に長時間の座位姿勢を伴います。Hallmanら(2021年)が行った85件の研究を含む系統的レビュー&メタアナリシスによると、職業的座位行動と腰痛の間にはオッズ比1.47(95%CI:1.12〜1.92)の有意な関連が、頸肩痛との間にはオッズ比1.73(95%CI:1.46〜2.03)の関連が確認されています[5]

また、コンピューター作業者を対象としたナラティブレビュー(Pereira et al., 2022年)では、この職種の従業員はWHOが推奨する週150〜300分の中強度身体活動を他の職種と比べて達成しにくい傾向にあり、「時間不足と動機付けの欠如」が主な障壁として挙げられています[6]。同レビューは、適切な運動プログラムが頸部・腰部の疼痛症状に対して「有意な保護効果を示す」と報告しています。

腰痛・肩こりは軽微に見えますが、プレゼンティーズム(出社しているが体調不良のため本来の能力を発揮できない状態)として表れ、生産性を目に見えない形で低下させます。経済産業省も健康経営の文脈でプレゼンティーズムによる損失を重要な経営課題として位置づけています。

企業としての健康経営アプローチ:3つの柱

IT・エンジニア職特有の健康課題に対処するうえで、企業が取り組める対策は大きく「環境整備」「制度整備」「文化づくり」の3つに分類できます。

  • 環境整備
    • 昇降式デスク・サイドモニターアームの導入(眼の高さ・距離の適正化)
    • 照明環境の整備(グレア防止・輝度調整)
    • リラクゼーションスペースや休憩室の設置
  • 制度整備
    • 定期的な産業医面談・ストレスチェックの実施(2026年からは従業員数50人未満にも義務化予定)
    • 業務量の見える化と上限設定(残業承認フローの厳格化)
    • 有給取得の促進・勤務間インターバル制度の導入
  • 文化づくり
    • 20〜20〜20ルール(20分ごとに20フィート先を20秒間見る)などの目のケア習慣の周知
    • 1時間ごとの「立つ・伸びる」マイクロブレイクの奨励
    • 管理職が率先して退勤時間を守る「帰宅宣言」文化の醸成

在宅勤務従業員95名を対象としたランダム化比較試験(RCT)では、「昇降式デスク+座位削減プログラム」の組み合わせが、単独介入と比べてポジティブな感情(効果量d=1.106)・仕事への集中(d=0.702)・疲労の軽減(d=−0.648)において大きな効果を示しました[7]。環境と行動変容プログラムを組み合わせることが、より高い効果をもたらしうると示唆されています。

健康経営優良法人認定がITスタートアップにもたらすもの

経済産業省が推進する「健康経営優良法人」認定制度は、2026年に大規模法人部門で3,765法人、中小規模法人部門で23,085法人が認定を受け、年々拡大しています(経済産業省、2026年)[8]。IT業界においても認定取得が採用競争力や従業員定着率の向上につながるとされており、人材獲得が激しい同業界では特に注目度が高まっています。

認定取得の主な要件には、健診受診率の確保、ストレスチェックの実施、運動促進・食環境の整備・禁煙への取り組みなどが含まれます。認定ロゴを求人媒体や会社紹介資料に掲示することで「従業員の健康を経営課題として捉える企業」というブランドを対外的に示すことができ、母集団の質・量向上につながったという事例が報告されています。

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受診を検討したいサイン

以下のいずれかに当てはまる場合は、従業員本人が自己判断で続けるのではなく、産業医への相談や医療機関の受診を検討することが望ましいとされています。

  • 目の疲れが翌朝も回復せず、2週間以上続いている
  • 視力の急激な変化・複視(ものが二重に見える)・視野が欠ける感覚がある
  • 頸部・腰部の痛みが安静にしても和らがず、腕や脚にしびれ・放散痛が広がる
  • 睡眠障害(入眠困難・中途覚醒)が3週間以上続いている
  • 気分の落ち込み・無気力・集中困難が2週間以上続いている
  • 頭痛・胃腸症状が繰り返し現れ、内科的な原因が見つからない
  • 自傷・死にたいという気持ちが浮かぶ(即日相談を)
ITエンジニアの健康対策3つの柱(環境整備・制度整備・文化づくり)と受診サインの整理図
図3:企業がとれる健康対策の3本柱と受診を検討したいサインの整理

参考文献

  1. 厚生労働省(2024)「令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)の概況」厚生労働省. 厚生労働省統計ページ
    ― 本記事での引用箇所:情報通信業でメンタルヘルス不調による休業・退職者がいた事業所割合32.4%(全業種最高)
  2. Maharaj N, Bhagaloo S, Baboolal T et al.(2022)「Prevalence of burnout syndrome among Work-From-Home IT professionals during the COVID-19 pandemic」Work. PubMed
    ― 本記事での引用箇所:IT専門職934名中95%がバーンアウト傾向という有病率
  3. Artime-Ríos E, Seguí-Crespo M, Doménech-Amigot B, et al.(2026)「Occupational exposure to video display terminals: a systematic review of ocular and visual health effects and associated risk factors」Journal of Occupational Health 68(1). Journal of Occupational Health
    ― 本記事での引用箇所:2006〜2023年の85件の研究からVDT曝露とCVS・ドライアイ・視覚症状の一貫した関連性
  4. Nakagawa T et al.(2004)「Survey on visual and musculoskeletal symptoms in VDT workers」Sangyo Eiseigaku Zasshi(産業衛生学雑誌). PubMed
    ― 本記事での引用箇所:VDT作業者1,406名のうち72.1%が眼精疲労、59.3%が頸部痛を報告
  5. Hallman DM, et al.(2021)「Musculoskeletal pain and sedentary behaviour in occupational and non-occupational settings: a systematic review with meta-analysis」BMC Musculoskeletal Disorders. PMC
    ― 本記事での引用箇所:職業的座位と腰痛OR=1.47、頸肩痛OR=1.73というメタアナリシス結果
  6. Pereira MJ, et al.(2022)「Occupational Health: Physical Activity, Musculoskeletal Symptoms and Quality of Life in Computer Workers: A Narrative Review」International Journal of Environmental Research and Public Health. PMC
    ― 本記事での引用箇所:コンピューター作業者はWHO推奨身体活動量を達成しにくく、運動介入が頸・腰痛に保護効果
  7. Mackay L, et al.(2022)「Effects of Sedentary Behavior Interventions on Mental Well-Being and Work Performance While Working from Home during the COVID-19 Pandemic: A Pilot Randomized Controlled Trial」International Journal of Environmental Research and Public Health. PMC
    ― 本記事での引用箇所:昇降式デスク+座位削減プログラムの組み合わせで感情・集中・疲労に大きな効果(d=0.7〜1.1)
  8. 経済産業省(2026)「『健康経営優良法人2026』認定法人が決定しました」経済産業省プレスリリース. 経済産業省
    ― 本記事での引用箇所:大規模法人3,765社・中小規模法人23,085社が健康経営優良法人として認定

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の診断・治療・健康管理手法の効果を保証するものではありません。従業員の健康管理に関する具体的な判断は、産業医・医療機関・専門家にご相談のうえ行ってください。個人の症状が続く・悪化する場合は医療機関にご相談ください。

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