法人・健康経営

治療と仕事の両立支援──企業が今すぐ整えるべき社内体制と法改正のポイント

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.07.02編集方針

治療を続けながら働く従業員が職場に存在することは、今や例外ではなく日常です。がん・糖尿病・脳卒中・メンタルヘルス不調など、長期的な治療が必要な疾病を抱えながら就業している労働者は年々増加しており、企業の経営者・人事・総務担当者にとって「治療と仕事の両立支援」は避けられない経営課題となっています。2026年4月に労働施策総合推進法が改正され、両立支援の取り組みは事業主の努力義務として法的根拠を持つ指針に位置づけられました。本記事では、法制度の背景からステップ別の社内体制づくり、よくある落とし穴まで、人事・総務の実務に直結する情報を整理します。

なぜ今、治療と仕事の両立支援が企業に求められるのか

厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(令和6年3月版)」によれば、疾病を理由として1か月以上連続して休業している従業員がいる企業の割合は、メンタルヘルスが38%、がんが21%、脳血管疾患が12%にのぼるとされています[1]。また「2019年国民生活基礎調査」の特別集計では、仕事を持ちながら悪性新生物(がん)で通院している者の数は44.8万人に達し、2016年調査と比べて約8万人増加したことが報告されています[1]

一方で、医療技術の進歩によりがん等の5年相対生存率は上昇を続け、かつては「不治の病」とされた疾病も「長く付き合う病気」へと変化しています。がんと診断された直後から治療中もフルタイムとはいかなくても何らかの形で仕事を継続できるケースは確実に増えています。しかし職場の理解・支援体制が整っていなければ、従業員は「辞めるしかない」と判断してしまう現実もあります。厚労省の調査では、連続1か月以上の療養を必要とする社員が出た場合、「ほとんどが病気休職を申請せず退職する」「一部に病気休職を申請せず退職する者がいる」とした企業がメンタルヘルス不調の場合18%、その他の身体疾患の場合は15%にのぼり、過去3年間で病気休職制度を新規利用した労働者の38%が復職せず退職していたとされています[1]

こうした状況を踏まえ、2026年2月に「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号)が告示され、同年4月から改正労働施策総合推進法のもとで事業主による両立支援が努力義務として明確化されました[2]。「ガイドライン(任意の取り組み)」から「指針(法的根拠を持つ努力義務)」へ格上げされた意味は大きく、今後の行政指導や健康経営認定審査にも影響が及ぶとみられます。

治療と仕事の両立支援をめぐる企業の現状を示す図解
図1:疾病を抱えながら働く従業員の現状と企業が直面する課題の全体像

2026年の法改正で企業に求められること

改正労働施策総合推進法と治療と就業の両立支援指針が求める事業主の措置は、大きく「環境整備」と「個別支援の進め方」の2本柱です[2]

【環境整備として求められる4つの措置】

  • 基本方針の表明と周知:衛生委員会等で調査審議のうえ、両立支援に取り組む会社の基本方針や対応ルールを策定し、全従業員に周知する。職場全体に「治療しながら働いていい」という文化を醸成することが目的とされています。
  • 研修等による意識啓発:管理職・ライン長を含む全従業員が両立支援の重要性を理解できるよう、研修機会を設ける。
  • 相談窓口等の明確化:疾病を抱える従業員が気軽に相談できる窓口(人事・産業医・産業カウンセラー等)を設け、周知する。
  • 制度・体制の整備:短時間勤務・時差出勤・テレワーク・傷病休暇・休職制度等の就業上の措置を整備し、誰でも利用しやすい形にする。

指針が対象とする疾病は「反復・継続して治療が必要と判断され、就業の継続に配慮が必要なもの」とされており、がん・脳卒中・心疾患・糖尿病・肝疾患・難病・メンタルヘルス不調などが含まれます。対象労働者は雇用形態を問わずすべての従業員です。

注意が必要なのは、「努力義務」であることをもって「やらなくてよい」と解釈しないことです。健康経営優良法人の認定審査(経済産業省)では両立支援の取り組みが評価項目に含まれており[3]、採用力・人材定着・ESG評価にも波及するため、対応を後回しにするコストは見えにくくも着実に積み上がっていきます。

治療しながら働く従業員の職場復帰と就労継続に関するデータ

「支援しても意味があるのか」という疑念に対して、エビデンスははっきりした答えを示しています。

日本の企業グループを対象としたJ-SARコホート研究(順天堂大学、BMC Public Health 2019)では、がんで休職後に復職した女性従業員223名を追跡した結果、復職後1年時点での就労継続率は83.2%、5年時点では60.4%であったことが報告されています[4]。この研究では、復職後に業務負荷を軽減した措置(短時間勤務等)が適用されていたことも記録されており、職場のサポートが就労継続と関連している可能性が示されています。

一方、がんと診断された際に就業していた人のうち約26%が離職・廃業しており、そのタイミングは「がん診断直後」が最も多いとされています[1]。診断直後の段階で適切な情報提供と支援体制があれば、離職を予防できる可能性があることを意味しています。

また、がん患者・経験者の就労支援に関するシステマティックレビュー(PMC 2025)では、職場復帰の促進要因として「職場の柔軟な配慮(勤務時間調整・業務内容の見直し)」「上司・同僚のサポート」「職場への病気の開示とコミュニケーション」が繰り返し挙げられています[5]。反対に障壁となる要因は「疾病への職場の理解不足」「休職中の業務引き継ぎ体制の欠如」「復職後の過度な業務負担」です。これらは企業の制度と職場文化の見直しによって対処できる要因です。

がん患者の復職後就労継続率と職場支援の関係を示す図解(J-SAR研究の知見をもとに作図)
図2:復職後の就労継続率と職場支援の関係(Tsuboya et al., 2019[4]の知見をもとに作図)

社内体制づくり:5つのステップで進める両立支援の実務

両立支援の体制は一度に全部整える必要はありません。段階的に進めることが現実的です。以下は、指針が示すフローをもとに整理した実務ステップです[2]

  1. Step 1:基本方針を決め、全社に発信する
    経営トップが「疾病を抱えながらも働き続けられる職場をつくる」という基本方針を表明し、就業規則・社内イントラ・入社時オリエンテーション等で周知する。
  2. Step 2:相談窓口と担当者を決める
    従業員が「誰に相談すればよいか」を明確にする。人事担当者・産業医・産業保健師が候補です。産業医の選任義務がない従業員50人未満の事業場は、産業保健総合支援センター(各都道府県に設置)の無料相談サービスを活用できます[6]
  3. Step 3:就業上の措置のメニューを整備する
    短時間勤務・始業終業時刻の変更・テレワーク・業務内容の変更・休暇制度(傷病休暇・有給積み立て等)を整備し、申請しやすいフォーマットを用意する。既存の制度を棚卸しして「使いやすい形」に見直すだけでも大きな前進です。
  4. Step 4:個別支援プランを作成する
    従業員から申し出があった場合、主治医・産業医の意見を参考に「両立支援プラン(職場復帰支援プラン)」を作成する。厚労省が様式例を公開しており、Word/Excel形式で無償ダウンロードできます[1]。就業制限の内容・勤務形態・受診のための配慮(通院時の早退・遅刻の取り扱い等)を明記します。
  5. Step 5:定期的なフォローアップ
    支援プランを一度作成して終わりではなく、治療の経過や体調の変化に応じて定期的に見直す。復職後の最初の1年は就労継続率が低下しやすい時期であるため[4]、この時期の丁寧なフォローが定着率に大きく影響するとされています。

よくある落とし穴と対処法

両立支援の取り組みを進める中で、多くの企業が同じ壁にぶつかります。典型的な落とし穴と対処のポイントを整理します。

落とし穴1:「本人から申し出がない」で終わらせてしまう
疾病を職場に開示することへの不安(差別・降格・解雇への懸念)から、多くの従業員は自発的に相談しません。東京都の調査では、従業員が私傷病になった際89.5%の企業が対応に苦慮したと回答し、最も多い苦慮の内容が「病気や治療に関する見通しが分からない」(60.2%)でした[1]。企業側から「相談できる体制がある」ことを積極的に知らせることが、申し出のハードルを下げる第一歩です。

落とし穴2:復職=全快と見なしてしまう
治療中・治療後の従業員は、外見上は問題なく見えても疲労・副作用・定期通院が続いているケースがほとんどです。「元の仕事量に戻る=回復」という思い込みが、復職後のリアブセンティーイズム(再離職)につながります。段階的な業務負荷の調整が必要です。

落とし穴3:管理職・ライン長が「特別扱い」と感じ、孤立する
ライン長が両立支援を「自分だけへの特別対応」として抱え込み、チームへの説明を避けた結果、職場内に不公平感が生まれることがあります。「合理的配慮」の概念と職場全体への情報共有(プライバシーに配慮した形で)が管理職研修に含まれていることが重要です。

落とし穴4:中小企業が「うちは産業医がいないから無理」とあきらめる
従業員50人未満の事業場でも、都道府県の産業保健総合支援センターに両立支援コーディネーターが配置されており、企業訪問・個別相談が無料で受けられます[6]。制度を知らないまま外部支援を使わないのは大きな機会損失です。

受診を検討したいサイン(従業員の状態と企業の対応目安)

企業として特に注意が必要な従業員の状態の変化を以下に整理します。これらのサインが複数重なる場合は、早期に産業医・保健師への相談や医療機関の受診を勧めることを検討してください。

  • 以前に比べてミスや集中力の低下が目立ち、本人も「調子が悪い」と訴えている
  • 通院・治療による遅刻・早退・欠勤が増えており、本人が相談なく休んでいる
  • 休職から復職したばかりで、業務量の急激な増加に無理に対応しようとしている
  • 「治療が終わったら報告します」と言いつつ、数か月単位で情報共有がない
  • 業務上の無理が続き、倦怠感・痛みを訴える頻度が増している
  • 主治医から「勤務制限が必要」との診断書が出ている

業務上の理由で適切な治療を受けられない状態が続くと、疾病の増悪・入院・長期休職につながる場合があります。異変に気づいた際には、本人の意思を尊重しながらも、会社として相談窓口への案内を行うことが望まれます。

治療と仕事の両立支援の社内体制づくりのステップを示す図解
図3:両立支援の社内体制づくり5ステップと企業が活用できる外部支援機関

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参考文献

  1. 厚生労働省(2024)「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(令和6年3月版)」厚生労働省. PDF(厚労省公式)
    ― 本記事での引用箇所:疾病を抱える労働者の割合(メンタルヘルス38%・がん21%)、仕事を持ちながらがんで通院する者44.8万人、病気休職を申請せず退職する割合・89.5%の企業が対応に苦慮、両立支援の位置づけと意義
  2. 厚生労働省(2026)「治療と就業の両立支援指針(令和8年厚生労働省告示第28号)」厚生労働省 治療と仕事の両立について. 厚労省公式ページ
    ― 本記事での引用箇所:2026年4月施行・努力義務化の法的根拠、環境整備4措置(基本方針表明・研修・相談窓口・制度整備)、個別支援の進め方
  3. 経済産業省(2025)「健康経営優良法人認定制度」経済産業省 ヘルスケア産業課. 経産省公式ページ
    ― 本記事での引用箇所:健康経営優良法人の評価項目に両立支援の取り組みが含まれること
  4. Tsuboya T, et al.(2019)「Recurrent sick leave and resignation rates among female cancer survivors after return to work: the Japan sickness absence and return to work (J-SAR) study」BMC Public Health. PMC6737646
    ― 本記事での引用箇所:復職後1年時点の就労継続率83.2%・5年時点60.4%、復職後最初の1年が就労継続率の低下が最も大きい時期
  5. Systematic review(PMC, 2025)「Facilitators and barriers associated with returning to work for cancer survivors」PMC. PMC12205840
    ― 本記事での引用箇所:職場復帰の促進要因(柔軟な配慮・上司サポート・情報開示)と障壁(理解不足・業務負担)
  6. 独立行政法人 労働者健康安全機構(2025)「産業保健総合支援センター 治療と仕事の両立支援(埼玉産業保健総合支援センター事例)」産業保健総合支援センター. 埼玉産業保健総合支援センター公式ページ
    ― 本記事での引用箇所:産業保健総合支援センターによる企業訪問・無料相談支援の内容(両立支援コーディネーター)

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。疾病を抱える従業員への対応については、産業医・社会保険労務士・産業保健総合支援センター等の専門家にご相談ください。

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