つながり

犬・猫との触れ合いとオキシトシン——ストレスと心身の健康を科学的に考える

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.07.11編集方針

「犬や猫と過ごすとなんだか気持ちが落ち着く」——そんな感覚を持つ人は少なくないでしょう。実はこの感覚、気のせいではありません。ペットとの触れ合いがホルモン分泌や自律神経に与える影響は、近年の研究で少しずつ明らかになってきています。本記事では、犬・猫との触れ合いとオキシトシン(愛着ホルモン)の関係、ストレスホルモンであるコルチゾールへの影響、そして日常の中で取り入れられるセルフケアの考え方を、国内外の研究を参照しながら整理します。「検査では特に異常はないけれど、なんとなく疲れている」「人間関係でじわじわ消耗している」と感じている方にとっても、ペットとの時間を見直すヒントになれば幸いです。

ペットとの目合わせが引き起こす「オキシトシン正フィードバックループ」

オキシトシンは、脳の視床下部で産生されるペプチドホルモンです。母子間の絆形成や出産・授乳時に多く分泌されることで知られていますが、親しい相手との身体的な接触や視線の交換でも放出されることが分かっています。

2015年、麻布大学の永澤美保らが Science に発表した研究は、この知見を犬とヒトの関係に拡張しました[1]。実験では、犬と飼い主が視線を交わした場合、双方の尿中オキシトシン濃度が上昇することを確認。さらに犬に外因性オキシトシンを鼻腔投与すると、犬が飼い主をより長く見つめるようになり、その結果として飼い主のオキシトシンも増加するという「種を超えた正フィードバックループ」が実証されました。この反応はオオカミでは観察されず、犬が人間との長い共進化の過程でこのコミュニケーション様式を獲得したと考えられています。

重要なのは、この反応が「飼い主から犬へ」だけでなく「犬から飼い主へ」と双方向に働く点です。「見つめるから絆が深まる、絆が深まるからより見つめ合う」——この循環が日常的なペットとの共生の中で繰り返されていると考えると、長年ペットと暮らす人が感じる独特の安心感にも生物学的な背景があることが見えてきます。

犬と飼い主が見つめ合う場面:オキシトシン正フィードバックループの概念図
図1:永澤ら(2015)[1]の研究をもとに作図。犬と飼い主の相互注視がオキシトシン上昇→愛着行動→さらなる視線交換というループを形成する。

コルチゾールへの影響——ペットとの短時間の交流でも変化がみられる

コルチゾールは副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンで、ストレス応答の主要なマーカーとして知られています。慢性的に高い状態が続くと、免疫機能の低下・睡眠の質の悪化・代謝異常などとの関連が指摘されています。ペットとの触れ合いがこのコルチゾールにどう影響するかを調べた研究がいくつか存在します。

タイ・チェンマイ大学の研究チームが 2025年に PLOS ONE に発表した論文では、大学生64名を対象に犬との15分間の交流前後で唾液コルチゾールを測定しました[2]。その結果、交流後のコルチゾール濃度は交流前に比べて約16%低下し(p=0.0406)、自己報告ストレススコアも33.5%の低下が確認されています(p=0.0017)。また脈拍数も有意に減少しており、交感神経の活動が落ち着いた状態への移行が示唆されると研究者らは述べています。

犬飼い主と犬のホルモンパターンを経時的に調べた別の研究では、飼い主がペットと交流する時間帯に向けてコルチゾール値が低下する傾向が観察されています[3]。Peterssonらは飼い主と犬のオキシトシン・コルチゾールを同時測定し、オキシトシンとコルチゾールの変動が行動パターンと密接に連動していることを報告しました。

一方、猫については少し複雑な様相を呈しています。猫との家庭内での10分間の自由交流を調べた日本の研究では、交流中に飼い主の心拍数が増加し副交感神経活動が低下するという、いわゆる「ユーストレス(良いストレス)」的な反応が観察されたと報告されています[4]。これは単純に「猫との交流でリラックスできない」ことを示すのではなく、猫との関わりがわずかな興奮・活性化を引き起こす可能性を示すものです。感情的覚醒は交流後に有意に低下しており(p=0.013)、交流が「気分の落ち着き」をもたらすことは示されています。

猫との触れ合いとオキシトシン——「愛猫が主導するかどうか」が鍵

犬に比べると、猫との交流とオキシトシンの関係はやや複雑です。米国の研究者Johnsonらが30人の女性を対象に行った実験では、猫との交流前後でオキシトシン濃度を測定したところ、全体としての有意な増加は観察されませんでした[5]。しかし、「優しく撫でる」「飼い主から積極的に抱きしめる」などの愛情行動と、猫が自発的に近づいてきて触れ合った場面では、オキシトシン増加との正の相関が確認されています。

この知見は実用的な示唆を持ちます。つまり、猫との触れ合いの質は「量」や「強さ」ではなく、猫が主体的に参加する交流かどうかが生理反応に影響しうるということです。無理にだっこしたり、嫌がっているサインを無視して触り続けたりすることは、猫にもヒトにもストレス応答を生じさせる可能性があります。猫のボディランゲージを読み取り、猫のペースに合わせた関わり方を心がけることが、双方にとって意味のある時間になると考えられています。

なお、猫の尿中ホルモンを測定した研究では、ヒトとの社会的交流中に猫自身のコルチゾールが低下し、オキシトシンが変化することも報告されています。ペットとの関係は一方通行ではなく、相互に影響し合うものと考えると、ペットの状態を気にかけることが、結果として飼い主の体験の質を高めることにもつながりうるでしょう。

ペットとの触れ合いがオキシトシンとコルチゾールに与える影響を示す模式図
図2:Yotanyamaneewongら(2025)[2]およびJohnsonら(2021)[5]の知見をもとに作図。犬・猫それぞれとの交流における生理指標の変化のパターン。

つながりとしてのペット——孤立予防・フレイルリスク低減との関連

ペットとの触れ合いは個人の生理的な変化にとどまらず、社会的なつながりにも影響を与える可能性が研究されています。東京都健康長寿医療センター研究所が行った大規模な追跡調査(約7,900名の高齢者、平均73.6歳、2年間追跡)では、ペット飼育歴のある群でフレイル(虚弱)の発生リスクが0.84倍に、現在飼育している群では0.87倍にとどまることが報告されました[6]。特に犬を飼育している場合はリスクが0.81倍と、散歩などによる運動習慣との相乗効果が示唆されています。

さらに約11,000名を3.5年間追跡した調査では、現在犬を飼育している群での自立喪失(要介護状態または死亡)リスクが0.54倍と顕著に低く、犬の散歩と運動習慣を組み合わせた場合はリスクが0.44倍まで低下していました。この研究は「ペットが高齢者の健康に良い」という漠然とした認識に、大規模なコホートデータという裏付けを与えるものとして注目されています[6]。

ペットとの日常は、散歩中のすれ違いでの会話・ドッグランや動物病院での交流・SNSでのペット写真を介したコミュニティへの参加など、人と人とのつながりを生む媒介にもなります。孤立リスクの高い一人暮らしの高齢者にとっては、ペットが「外に出るきっかけ」や「誰かと話すきっかけ」を作る役割を果たす場合があります。ただしペット飼育には身体的・経済的な負担も伴うため、状況に応じた判断が必要です。

  • 犬の散歩は社会参加の機会を増やす:同じルートを歩く人との挨拶、ドッグランでの情報交換など、ゆるやかなつながりが日常に生まれやすい。
  • 猫や小動物との暮らしは「世話をする責任感」が生活リズムをつくる:食事の時間・掃除・医療管理などが日課となり、生活の基盤を支える場合がある。
  • アニマルアシストインターベンション(AAI)はグループ設定でも活用される:高齢者施設や病院での動物を活用した活動が、参加者の笑顔や会話量の増加と関連することが報告されている。

日常に取り入れるペットとの触れ合い——質を高めるための考え方

研究知見を踏まえると、ペットとの触れ合いが「ただ一緒にいる」状態よりも、能動的・相互的な関わりを持つ時間として設けることが、生理的な変化を引き出す可能性があると考えられます。以下は日常に取り入れやすい考え方を整理したものです。これらは効果を保証するものではなく、あくまで研究から示唆される実践の方向性です。

  • 視線を意識する(特に犬):スマートフォンを置き、犬と目が合う時間を意識的に作る。永澤らの研究では「長い相互注視」がオキシトシン上昇と関連していた。
  • 撫でる・触れるを丁寧に:背中・耳の付け根・顎の下など、動物が好む場所を覚えて穏やかに撫でる。乱暴なタッチはストレス反応を引き起こす可能性がある。
  • 猫のペースを尊重する:Johnsonらの研究が示すように、猫が自発的に近づいてくる状況の方がオキシトシン変化との相関が強い。呼んでも来ない日は無理に抱き上げない。
  • 「ながら」より「向き合う」時間を短時間でも設ける:テレビを見ながらのスキンシップより、5〜10分だけペットに集中する時間の方が、生理的変化が出やすい可能性がある。
  • 散歩のルーティン化(犬の場合):散歩は運動・外気浴・社会参加の機会を同時にもたらす。健康効果の多くは「犬の散歩」という行動を通じた複合的なものと考えられる。

なお、アレルギーや喘息のある方、免疫抑制状態の方は、動物との接触に注意が必要な場合があります。ペットを迎える前・触れ合いを変化させる前に、かかりつけ医に相談することをお勧めします。

受診を検討したいサイン

ペットとの触れ合いは、心身の状態を整える土台となる可能性がありますが、医療の代替にはなりません。以下のような状態が続く場合は、専門機関への相談を検討してください。

  • ペットと過ごしても不安・緊張・憂うつ感がまったく和らがない、または悪化している
  • 2週間以上にわたって睡眠障害、気力の低下、意欲の喪失、食欲不振が続いている
  • 動悸・息苦しさ・頭痛・胃腸症状など身体症状が繰り返し現れ、日常生活に支障をきたしている
  • ペットとの別れ(ペットロス)後に強い悲嘆・抑うつ・不眠が長期間(1か月以上)続いている
  • ペットへの世話が困難になるほど、自分自身の生活機能が低下していると感じる

こころの不調は内科・心療内科・精神科で、身体症状が続く場合はかかりつけ医でご相談ください。

ペットとの触れ合いのセルフケアポイントと受診を検討するサインの整理図
図3:日常でのペットとの触れ合いのポイントと、専門家への相談が必要なサインの整理。

参考文献

  1. Nagasawa M, Mitsui S, En S, et al.(2015)「Social evolution. Oxytocin-gaze positive loop and the coevolution of human-dog bonds」Science 348(6232):333-6. PubMed PMID: 25883356
    ― 本記事での引用箇所:「犬と飼い主の相互注視によるオキシトシン正フィードバックループ」の根拠(h2-1)
  2. Yotanyamaneewong S, Junla D, Brown JL, et al.(2025)「The impact of canine-assisted intervention on stress reduction among university students in Thailand」PLoS ONE. PMC11902293
    ― 本記事での引用箇所:「15分間の犬との交流で自己報告ストレス33.5%低下、唾液コルチゾール約16%低下」の根拠(h2-2)
  3. Petersson M, Uvnäs-Moberg K, Nilsson A, et al.(2017)「Oxytocin and Cortisol Levels in Dog Owners and Their Dogs Are Associated with Behavioral Patterns: An Exploratory Study」Frontiers in Psychology. PubMed PMID: 29081760
    ― 本記事での引用箇所:「飼い主と犬のオキシトシン・コルチゾールが行動パターンと連動」の根拠(h2-2)
  4. Nagasawa T, Kimura Y, Masuda K, Uchiyama H.(2023)「Effects of Interactions with Cats in Domestic Environment on the Psychological and Physiological State of Their Owners: Associations among Cortisol, Oxytocin, Heart Rate Variability, and Emotions」Animals (Basel) 13(13):2116. PMC10340037
    ― 本記事での引用箇所:「猫との交流中に心拍増加・副交感神経低下(ユーストレス反応)、交流後に感情的覚醒が低下(p=0.013)」の根拠(h2-2、h2-3)
  5. Johnson EA, Portillo A, Bennett NE, Gray PB.(2021)「Exploring women's oxytocin responses to interactions with their pet cats」PeerJ. PMC8592048
    ― 本記事での引用箇所:「猫が自発的に参加する交流でオキシトシン増加との正の相関がみられた」の根拠(h2-3)
  6. 東京都健康長寿医療センター研究所(2023)「ペットとの共生が人と社会にもたらす効果」. 東京都健康長寿医療センター研究所
    ― 本記事での引用箇所:「ペット飼育(特に犬)でフレイルリスク0.81倍、自立喪失リスク0.54倍」の根拠(h2-4)

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。記載の内容はあくまで参考情報であり、個人の症状・状況によって異なります。症状が続く・悪化する場合は、かかりつけ医または専門の医療機関にご相談ください。

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