からだ

お腹の不調が続くのに検査で異常なし——過敏性腸症候群(IBS)の原因と腸脳相関、セルフケアの考え方

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.06.28編集方針

「内視鏡でも血液検査でも異常なし。でも毎日お腹が痛くて、急に下痢になったり、かと思えば便秘が続いたり……」。そう感じているなら、それは過敏性腸症候群(IBS:Irritable Bowel Syndrome)かもしれません。日本人の10〜15%程度に関連する症状がみられるとされる一方で、「異常なし」という診断に安心できず途方に暮れる方が少なくありません。この記事では、IBSがなぜ検査で見つかりにくいのか、腸と脳のつながり(腸脳相関)、食事やセルフケアで取り組めること、そして「これは受診が必要なサイン」をできる限りわかりやすくお伝えします。

なぜ検査で「異常なし」と言われるのか

胃カメラや大腸内視鏡、腹部エコー、血液検査を受けても「異常が見つからない」とき、多くの方は「原因が分からないのに、こんなに苦しいのはおかしい」と感じます。しかし、これはIBSの特性そのものに由来します。

IBSは、腸の粘膜に炎症や潰瘍などの構造的な変化が起きているわけではない、いわゆる機能性消化管疾患(FGID)のひとつです。問題は腸の「動き方」「感じ方」にあり、腸管の収縮リズムが乱れたり(消化管運動の異常)、本来なら感じない程度の刺激に強い痛みを感じてしまう「内臓知覚過敏」が起きていたりします[1]

内視鏡は粘膜の「見た目」しか確認できず、「どう動いているか」「どう感じているか」は映りません。そのため検査は正常でも、実際の苦痛はとても大きい、ということが起こります。日本消化器病学会の機能性消化管疾患診療ガイドライン(2020年改訂第2版)では、IBSを「消化管の機能の異常により生じる症状」と位置づけており、検査で異常がないこと自体がIBS診断の一要件ともなっています。

診断には「ローマIV基準」が用いられ、「直近3か月のうち少なくとも週1日以上、腹痛が繰り返され、その痛みが排便・排便頻度・便の形状の変化と関連している」という状態が6か月以上前から続いている場合に、IBSと診断されます[2]

機能性消化管疾患の概念:脳と腸のつながりを示す図解
図1:IBSは腸の「構造異常」ではなく「機能・感覚の乱れ」として現れる機能性消化管疾患に位置づけられています

腸脳相関と自律神経の乱れ——IBSの背景にあるメカニズム

「緊張するとお腹が痛くなる」「試験前に下痢をする」——これは多くの人が経験したことがあるでしょう。この現象の根本には、腸と脳が双方向につながっているという「腸脳相関(Gut-Brain Axis)」が関わっています。

腸は「第二の脳」とも呼ばれ、腸管神経系(ENS)という独自の神経ネットワークを持ちます。腸管神経系は脳の中枢神経系(CNS)と迷走神経や自律神経系を介して常に双方向の情報交換を行っており、腸内細菌も含めたこのシステム全体を「腸脳軸(Microbiota-Gut-Brain Axis)」と呼びます[3]

IBSでは、この軸のどこかで乱れが生じていると考えられています。具体的には:

  • 自律神経の乱れ:副交感神経(安静時に働く)と交感神経(緊張・ストレス時に働く)のバランスが崩れると、腸の蠕動運動が過剰になったり(下痢傾向)、逆に低下したり(便秘傾向)します[3]
  • セロトニン(5-HT)の関与:体内に存在するセロトニンの約95%は消化管内にあり、腸の蠕動・分泌・内臓知覚の調節に関わっています。セロトニン量が多いと下痢型IBS(IBS-D)に、少ないと便秘型IBS(IBS-C)につながりやすいとされています[4]
  • 視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸の活性化:心理的ストレスはHPA軸を通じてコルチコトロピン放出因子(CRF)の分泌を促し、腸の運動や内臓知覚に影響を与えます[1]
  • 腸内細菌叢の変化:IBS患者では細菌の多様性の低下や特定菌の増減が報告されており、これが腸脳軸の乱れと相互に関連していると考えられています[5]

こうした複合的な経路が絡み合うため、IBSには精神的なストレス、睡眠不足、感染後の腸内環境変化などさまざまなきっかけが症状を引き起こし得ます。

腸脳相関と自律神経の図解:脳と腸をつなぐセロトニン経路のイメージ
図2:脳と腸は迷走神経・自律神経・ホルモン経路で双方向につながっており、セロトニン(5-HT)はその重要な伝達物質のひとつとされています(Chen et al., 2022[4] をもとに作図)

IBSのサブタイプ——下痢型・便秘型・混合型の違い

IBSは症状のパターンによって主に4つのサブタイプに分類されます。自分がどのタイプに近いかを知っておくと、対処法の方向性を考えやすくなります。

  • IBS-D(下痢優勢型):排便が軟便・水様便に傾き、突然の便意が繰り返されるタイプ。外出先やストレスがかかる場面でトイレが心配になることが多い
  • IBS-C(便秘優勢型):硬い便や排便困難が中心で、お腹の張りや痛みを伴うことが多い
  • IBS-M(混合型):下痢と便秘が交互に現れる。「昨日は下痢、今日は便秘」というように排便パターンが安定しない
  • IBS-U(分類不能型):上記のどれにも明確に当てはまらないタイプ

ローマIV基準[2]では、こうした便形状の変化が腹痛と関連していることがIBSの診断において重要とされています。なお、どのタイプも内視鏡等の検査で粘膜の異常が認められない点が共通しています。

また、IBSは消化器症状だけでなく、倦怠感、頭痛、睡眠の問題、不安感・抑うつ感など腸外の症状を伴うことも珍しくありません。これは腸脳相関を通じた影響と考えられており、IBSの方にうつや不安の合併が多いことも研究で報告されています[5]

IBSの4サブタイプ:下痢型・便秘型・混合型・分類不能型の分類イメージ
図3:IBSは症状パターンによって下痢優勢型(IBS-D)・便秘優勢型(IBS-C)・混合型(IBS-M)・分類不能型(IBS-U)に分類されます

食事でのアプローチ——低FODMAP食の考え方と研究知見

IBSの食事療法として、現在もっとも多くの研究エビデンスが蓄積されているのが「低FODMAP食」です。FODMAPとは、腸内で発酵しやすく、小腸でうまく吸収されない短鎖炭水化物の総称(Fermentable, Oligosaccharides, Disaccharides, Monosaccharides And Polyols)で、これらを一定期間減らすことで症状の軽減を試みる食事法です。

複数の臨床試験やメタ解析では、低FODMAP食に従った患者の約70%に症状の軽減がみられたと報告されており[6]、腹痛(OR=0.44、95%CI: 0.26-0.79)や腹部膨満感(OR=0.32、95%CI: 0.15-0.66)においても統計的に有意な差が確認されています[6]。また別の研究では、通常の食事アドバイスでの改善率49%に対し、低FODMAP食では86%が全体的な消化器症状の軽減を経験したとするデータも報告されています[7]

ただし、以下の点に注意が必要です:

  • 低FODMAPに当てはまる食品と避ける食品は複雑で、個人差もあるため、すべての方に同様の効果があるわけではない
  • 長期的な厳格な制限は腸内細菌(ビフィズス菌など)の減少を招く可能性があるとされており[7]、短期的な試験期間(2〜6週程度)の後、個々に再導入して自分の「トリガー食品」を特定することが一般的です
  • 栄養バランスへの影響もあるため、管理栄養士や医師への相談が推奨されます

低FODMAP食の代表的な「避けるべき食品」の例:乳製品(乳糖を含むもの)、小麦・ライ麦、豆類、玉ねぎ、にんにく、りんご、なし、蜂蜜、キシリトールなどの人工甘味料。一方で、米、バナナ、いちご、人参、ほうれん草、鶏肉などは比較的低FODMAPとされています。食品の組み合わせによっても変わるため、詳細はガイドラインや専門家に確認することをお勧めします。

低FODMAP食の概念図:高FODMAP食品と低FODMAP食品の分類イメージ(Rao et al. 2017 メタ解析をもとに作図)
図4:低FODMAP食に関するメタ解析(Rao et al., 2017[6])では、IBS患者の約70%で症状の軽減が報告されています。食品を高FODMAP群と低FODMAP群に分け、段階的に試す方法が一般的です

日常でできるセルフケア——腸と自律神経を整える習慣

IBSの症状管理には、食事以外のライフスタイル全体を見直すことも重要と考えられています。腸脳相関を通じて、ストレスや睡眠の質が腸の状態に直接影響するためです。以下のセルフケアは、日常生活に無理なく取り入れやすいとされていますが、症状がすぐに変わるとは限りません。

  • 規則正しい食事時間:腸の内因性リズム(サーカディアンリズム)を整えるために、食事の時刻を一定にすることが腸管運動の安定に関係するとされています
  • 適度な身体活動:ウォーキングやヨガなどの軽〜中強度の運動は、腸の蠕動を促し、精神的なストレスの軽減にも役立つと考えられています
  • 十分な睡眠の確保:睡眠不足は自律神経のバランスを乱し、腸の過敏性を高める可能性があります。睡眠の質の低下とIBS症状の悪化に関連があることは複数の研究で指摘されています
  • ストレスへの対処:認知行動療法(CBT)や腸向けの催眠療法が、IBSの心理・消化器症状の両方に変化をもたらす可能性が報告されています。日常的にはリラクゼーション法(深呼吸、マインドフルネス等)を取り入れることも一案です
  • 食事日記の記録:どの食品や状況でお腹の症状が悪化するかを記録することで、自分のトリガーを特定しやすくなります
  • 水分摂取:便秘型の場合は十分な水分摂取(目安として1日1.5〜2L程度)が腸内の水分量を保つ上で大切です

ただし、IBSは個人差が大きい疾患です。「これをすれば確実に良くなる」という方法は存在せず、自分に合う組み合わせを少しずつ探していく過程が重要です。また、精神的な支援や心療内科・消化器内科との連携が症状管理に役立つケースも少なくありません。

IBSのセルフケアサイクル:睡眠・運動・食事・ストレスケアのバランスを示す図解
図5:IBS症状の管理には、食事・睡眠・運動・ストレスケアを組み合わせたアプローチが有効と考えられています。どれか一つではなく複合的に取り組むことが大切です

受診を検討したいサイン

以下に当てはまる症状がある場合は、IBS以外の疾患(炎症性腸疾患、大腸がん、感染性腸炎など)の可能性も考えられます。「検査で異常なし」と以前に言われていても、状況が変わった場合には速やかに消化器内科を受診することを検討してください。

  • 便や下着に血が混じる(血便):痔以外の出血が否定できない場合
  • 意図しない体重減少:食事量が変わっていないのに体重が減り続ける
  • 夜中に目が覚めるほどの腹痛・下痢:睡眠を妨げる強い症状
  • 発熱が続く・悪寒がある
  • 貧血の症状(強い疲労感・顔色の悪さ・立ちくらみ)
  • 50歳以降に初めて症状が出現した:大腸がんリスクが上がる年齢帯のため精密検査が必要です[2]
  • 腹部にしこりを感じる
  • 症状が急に悪化した、または性質が変わった:以前から続いていたIBSの症状でも、急変した場合は別の疾患の重複を疑う必要があります

これらのいわゆる「レッドフラッグ(警告サイン)」を伴わない典型的なIBS症状であっても、日常生活に支障が出ているなら、消化器内科や心療内科への相談は有益な一歩となり得ます。「また異常なしと言われるだけかも」と思わず、現在の症状や生活への影響を具体的に伝えることが、より適切なサポートを受ける出発点になります。

受診を検討すべきレッドフラッグサイン:血便・体重減少・発熱・夜間症状などの警告サイン
図6:血便・体重減少・発熱・夜間症状など「レッドフラッグ」が見られる場合は速やかな受診が必要です(Lacy et al., NBK534810[2] をもとに作図)

参考文献

  1. Tang QL et al. (2021)「Uncovering the pathophysiology of irritable bowel syndrome by exploring the gut-brain axis: a narrative review」Annals of Translational Medicine. PMC8350700
    ― 本記事での引用箇所:内臓知覚過敏・HPA軸・ストレス反応・IBSの多因子病態の解説根拠
  2. Lacy BE et al. / StatPearls (2024)「Irritable Bowel Syndrome」NCBI Bookshelf. NBK534810
    ― 本記事での引用箇所:ローマIV診断基準・50歳以降初発でのリスク・レッドフラッグ症状(血便・体重減少・夜間下痢・発熱・貧血)の根拠
  3. Kennedy PJ et al. (2014)「Irritable bowel syndrome: a microbiome-gut-brain axis disorder?」World Journal of Gastroenterology. PubMed 25339800 / PMC4202342
    ― 本記事での引用箇所:腸脳軸(Microbiota-Gut-Brain Axis)の構成・自律神経バランス乱れとIBS症状の関係の根拠
  4. Chen M et al. (2022)「Neurotransmitter and Intestinal Interactions: Focus on the Microbiota-Gut-Brain Axis in Irritable Bowel Syndrome」Frontiers in Endocrinology. PubMed 35250873
    ― 本記事での引用箇所:セロトニン(5-HT)の腸管内での役割・IBS-D/IBS-Cとのセロトニン量との関係の根拠、図2(腸脳相関とセロトニン経路)の作図根拠
  5. Kennedy PJ et al. / PMC4202342 (2014)「Irritable bowel syndrome: A microbiome-gut-brain axis disorder?」World Journal of Gastroenterology. PMC4202342
    ― 本記事での引用箇所:IBS患者における腸内細菌叢の変化(多様性低下・ビフィズス菌減少)・うつ・不安の合併率に関する根拠
  6. Rao SSC et al. (2017)「Low-FODMAP Diet Improves Irritable Bowel Syndrome Symptoms: A Meta-Analysis」Clinical Nutrition ESPEN. PMC5622700
    ― 本記事での引用箇所:低FODMAP食で症状が軽減した患者割合「約70%」・腹痛のOR=0.44・腹部膨満感のOR=0.32の根拠、図4の作図根拠
  7. Staudacher HM et al. (2016)「Efficacy of the low FODMAP diet for treating irritable bowel syndrome: the evidence to date」Clinical and Experimental Gastroenterology. PMC4918736
    ― 本記事での引用箇所:低FODMAP食「86%改善」vs. 通常食事指導「49%改善」の比較データ・長期的腸内細菌への注意事項の根拠

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。症状が続く・悪化する場合や、上記の受診サインに当てはまる場合は、消化器内科などの医療機関にご相談ください。

#過敏性腸症候群#IBS#腸脳相関#低FODMAP#腹痛#自律神経