夏になると「食欲がない」「疲れが取れない」「なんとなくだるい」という声をよく耳にします。夏バテは病名ではなく、暑熱環境による自律神経の乱れや消化機能の低下が積み重なった結果として生じると考えられています。どんな食事の工夫が根拠のあるアプローチなのかは意外と知られていません。この記事では、夏バテの背景にある仕組みを押さえたうえで、毎日の食事・栄養で心がけたいポイントを整理します。自己判断で対処できる範囲を超えた場合の受診目安も後半でまとめています。
夏バテとはどういう状態か――自律神経と胃腸の関係
夏バテは「慢性疲労・胃腸症状・睡眠障害・モチベーション低下」などの症状を示し、自律神経の乱れが主要な背景として指摘されています[1] 。ただし医学的な統一定義はまだなく、病態生理は完全には解明されていません。
外気温と室内冷房の温度差が繰り返されると、体温を一定に保とうとする自律神経が過剰に働き続け、疲弊していきます。同時に、暑熱ストレスは腸管の粘膜バリア機能を低下させる——いわゆる「リーキーガット」と呼ばれる状態——ことが報告されています[2] 。腸管バリアが傷つくと、本来は腸内に留まるべき細菌毒素や未消化物質が体内に入り込みやすくなり、全身性の炎症やだるさ・食欲不振につながりやすいとされています。
さらに、腸と脳・神経をつなぐ「腸脳相関(腸脳軸)」のルートを通じて、腸内環境の乱れが気力低下や精神的ストレスにまで波及する可能性も指摘されています[3] 。腸内細菌叢(腸内フローラ)は暑熱ストレスで組成が変化しやすく、これが食欲調節ホルモンの産生や神経伝達物質の合成にも影響を与えると考えられています。
胃腸の働きが低下すると食欲が落ちます。食事量が減ると、体を動かすためのエネルギー源やビタミン・ミネラルも不足し、さらに疲れやすくなるという悪循環に陥りやすくなります。夏バテへの食事アプローチは、この連鎖を断ち切るための土台づくりと位置づけると分かりやすいでしょう。
図1:夏の暑熱ストレスが自律神経と腸管バリアに影響するサイクルの概念図
夏に不足しやすい栄養素:ビタミンB1とエネルギー代謝の土台
夏の食欲不振期には、素麺・冷やし中華・アイスといった炭水化物中心の食事に偏りやすくなります。炭水化物はエネルギー源として必要ですが、それをエネルギーに変換する際にはビタミンB1(チアミン) が欠かせません[4] 。
ビタミンB1は、ブドウ糖が解糖系からピルビン酸になり、さらにアセチルCoAへと変わってTCAサイクル(クエン酸回路)に入る反応を触媒する補酵素です。B1が不足すると、エネルギーを産み出す代謝が滞り、乳酸・ピルビン酸が蓄積して倦怠感やだるさを招きやすくなるとされています[4] 。つまり、「ご飯を食べたのに体が動かない」という感覚は、B1不足によるエネルギー変換の詰まりによるものである可能性があります。
日本人の食事摂取基準2025年版によると、成人男性(30〜49歳)のビタミンB1推奨量は1日1.2mg、成人女性(30〜49歳)は0.9mgとされています[5] 。さらに、糖質を多く摂る人や身体活動量の多い人はエネルギー産生が盛んになるため、必要量が増えると考えられています。
ビタミンB1を多く含む食材には次のものがあります。
豚ヒレ肉・豚もも肉 (100gあたり約0.9〜1.3mg)
うなぎの蒲焼 (100gあたり約0.75mg)
大豆・豆腐・納豆などの大豆製品
玄米・胚芽米 (白米と比べてB1が豊富。ただし炊き方や精製度による差がある)
枝豆・そら豆
また、ニンニクやネギに含まれるアリシン はビタミンB1と結合して「アリチアミン」を形成し、B1の腸管吸収と体内での利用効率を高めると報告されています。豚肉の炒め物にニンニクや長ネギを組み合わせる調理法は、このアリチアミン効果を活かす工夫の一つです。食欲が落ちているときでも、「豚肉の生姜焼き+ネギ」「豚しゃぶ+ポン酢+みょうが」のような料理なら食べやすいでしょう。
ビタミンB2(リボフラビン)もB1と同様に炭水化物のエネルギー変換を助ける補酵素です。さばやいわしなどの青魚、鶏レバー、卵、乳製品に多く含まれています。夏の食卓にサバ缶やいわし缶を取り入れると、タンパク質と同時にB2も補いやすくなります。
タンパク質・水分・電解質——夏バテ予防の三本柱
夏バテでは食欲が低下するため、タンパク質が不足しがちです。タンパク質は筋肉・血液・免疫細胞・ホルモンをはじめとする体の構成素材であり、暑熱環境下でも体の機能を維持する土台となります。「食べられないから少なくても仕方ない」と思わず、少量でも毎食タンパク質を意識することが大切です。
調理の手間なく食べられるタンパク質源として次のものが挙げられます。
冷奴(豆腐100gにタンパク質約5g)
ゆで卵(1個にタンパク質約6g)
納豆(1パック50gにタンパク質約8g)
ギリシャヨーグルト(100gにタンパク質約6〜10g)
魚の缶詰(さば缶・いわし缶・ツナ缶)
水分と電解質の補給 も同様に重要です。成人は1日に汗や尿で約2.5Lの水分が失われると考えられており、発汗が多い夏は意識的な補給が必要です。ただし、短時間で大量に冷たい水を飲み込む「ガブ飲み」は胃腸への刺激になるため注意が必要です。こまめに(15〜20分ごとを目安に)飲む習慣が一般的に勧められています。
大量発汗時はナトリウムも失われます。水だけを大量に補給するとナトリウムが希釈されて低ナトリウム血症(水中毒)のリスクがあると報告されています[1] 。屋外での作業や激しい運動後には、薄めたスポーツドリンクや経口補水液、あるいはひとつまみの塩を添えた水が選択肢になります。日常的な水分補給は水・麦茶が基本で、スポーツドリンクは糖分が多いため習慣的な多飲は避けるのが望ましいとされています。
図2:ビタミンB1(チアミン)がエネルギー代謝(TCAサイクル)に果たす役割(Mrowickaら2023年[4] をもとに作図)
胃腸をいたわる食べ方——夏の食事スタイルの工夫
暑い時期は冷たいものを食べたくなりますが、過度に冷えた食事や飲み物は胃腸の血流を低下させ、消化酵素の働きを弱めやすくなります。消化が低下すると、食べたものから栄養を十分に吸収できなくなるため、同じものを食べていても疲れやすさが出やすいことがあります。
以下のような食べ方を心がけると、胃腸への負担を軽減しやすいとされています。
冷たい飲み物をひと口ずつゆっくり飲む ——胃腸への急激な冷却刺激を和らげます
温かいスープや味噌汁を一品加える ——食欲が落ちているときでも胃腸を温め、消化液の分泌を助けるとされています。具材に豆腐や卵を入れるとタンパク質も同時に摂れます
食事の量を分散する ——1回の食事量が多いと胃腸への負担が大きくなるため、1日3〜4回に分けて少量ずつ摂る方法が選択肢のひとつです
クエン酸(梅干し・酢・柑橘類)を活用する ——クエン酸は胃酸の分泌を助け、食欲を刺激するとされています。酢の物・梅おにぎり・レモン水などを食事に加えると食べやすくなる方もいます
腸内環境を整える食品を意識する ——発酵食品(ヨーグルト・納豆・キムチ・ぬか漬け)や食物繊維(野菜・海藻・きのこ)は腸内細菌叢の多様性を維持するうえで有益とされています
なお、食後に強い眠気やだるさが出る場合は血糖値の急上昇(血糖スパイク)が関係しているケースもあります。詳しくは「食後の眠気・だるさと血糖スパイク」 を参考にしてください。
日常で取り入れやすいセルフケアの考え方
栄養面以外でも、以下の生活上の取り組みが夏バテ予防の土台として考えられています。
室内外の温度差をできるだけ抑える ——冷房の設定温度を28℃前後に調整し、羽織ものを使って体の冷えすぎを防ぐことが一般的に勧められています。急激な温度変化が自律神経への負荷を大きくするとされています
入浴(ぬるめのお湯に浸かる) ——38〜40℃程度の湯船にゆっくり浸かることは副交感神経を優位にし、睡眠の質の維持につながると考えられています。熱帯夜で眠れない夜は「熱帯夜の睡眠対策」 も参考にしてみてください
軽い有酸素運動の継続 ——暑熱順化(体が暑さに慣れるプロセス)を促す観点から、涼しい時間帯(早朝・夕方)の散歩や軽度の運動は継続が望ましいとされています。ただし、無理な運動は熱中症リスクにつながるため、体の状態を優先した判断が必要です[1]
睡眠の確保 ——疲労回復には睡眠が不可欠です。就寝前の強い光やスマートフォンの使用を減らすことが、睡眠の質を保ううえで意識すべき点とされています。夏バテで食欲が落ちている時期は特に、睡眠の確保を優先しましょう
冷却グッズの活用 ——首まわりや手首などの太い血管が通る部位を冷やすことで、体温上昇を抑えやすくなります。外出時の冷却タオルや携帯扇風機の活用は、自律神経への過剰な負荷を減らす手段のひとつです
これらのセルフケアは単独で夏バテを防ぐことを保証するものではありませんが、体の回復を支える習慣として積み重ねていくことで、夏を乗り越える土台づくりになると考えられます。
受診を検討したいサイン
夏バテの症状の多くは、休息と食事の工夫で落ち着くことが多いとされています。しかし以下のようなサインが出ている場合は、「夏バテ」と自己判断せず、医療機関への相談を検討してください。
2〜3週間以上、食欲不振・倦怠感が続いており、落ち着かない(長期化している)
体重が急激に(1〜2週間で2kg以上など)落ちている
38℃以上の発熱が続く、または微熱が長期間持続する
めまい・立ちくらみが頻繁にある、または失神しそうになる
口の渇きが強い、尿量が著しく減っている(脱水が疑われる場合)
皮膚の乾燥・ひどいほてりがあるのに汗をかかない
胸の痛み・呼吸困難・意識の混濁(これらは速やかに救急受診を)
甲状腺機能低下症・貧血・糖尿病・消化器疾患・うつ病なども夏バテに似た倦怠感・食欲不振を示すことがあります。自己判断で「ただの夏バテ」と決めず、症状が長引く場合は内科を受診し、必要に応じて血液検査・尿検査などを受けることを検討してください。
図3:夏バテ予防セルフケアの柱と受診を検討すべきサインの整理図
参考文献
髙田邦夫(2023年) 「バランスの取れた熱中症及び夏バテの予防法の提案」航空医学実験隊医実報告 63-4・64-1号, pp.1-15. J-STAGE ― 本記事での引用箇所:夏バテの定義・症状(慢性疲労・胃腸症状・自律神経失調)、暑熱順化・運動の推奨、水中毒と自律神経への影響
Fung AA, Zhou A, Vanos JK, Schmid-Schönbein GW(2021年) 「Enhanced intestinal permeability and intestinal co-morbidities in heat strain: A review and case for autodigestion」Temperature (Austin) 8(3):223. PMC ― 本記事での引用箇所:暑熱ストレスによる腸管透過性の亢進(リーキーガット)と腸内毒素の体内移行による全身影響
Gu C, Hu S, Peng A, Liu G, Tian G, Cai J(2021年) 「Microbiota-gut-brain axis and nutritional strategy under heat stress」Animal Nutrition 7(4):1329. PMC ― 本記事での引用箇所:腸脳軸(腸脳相関)が暑熱ストレス下の食欲・気力に与える影響、腸内フローラの変化
Mrowicka M, Mrowicki J, Dragan G, Majsterek I(2023年) 「The importance of thiamine (vitamin B1) in humans」Bioscience Reports 43(10):BSR20230374. PMC ― 本記事での引用箇所:ビタミンB1がエネルギー代謝(TCAサイクル)で果たす役割と欠乏による乳酸蓄積・倦怠感のメカニズム
公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット(2025年更新) 「ビタミンB1の働きと1日の摂取量」(日本人の食事摂取基準2025年版に基づく) 健康長寿ネット ― 本記事での引用箇所:成人男女のビタミンB1推奨量(男性1.2mg/日・女性0.9mg/日)および糖質多摂取・活動量増加時の必要量増大
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。症状が続く場合や悪化する場合は、内科などの医療機関にご相談ください。