「夏になると毎年だるくなる」「ちゃんと寝ているのに疲れが取れない」「食欲がなくてろくに食べられない」——そんな訴えを抱えて来院される患者さんは少なくありません。これらはまとめて夏バテ と呼ばれますが、その正体は単なる「気力の問題」ではなく、身体の自律神経・水分・消化器・睡眠という複数のシステムが同時にストレスを受けた状態と考えられています。本記事では、夏バテが起こる仕組みを根拠に基づいて整理し、日常のセルフケアで意識できるポイントと、医療機関への相談を検討すべきサインをお伝えします。
夏バテはなぜ起こるのか——自律神経と気温差の関係
夏バテの中心にあるのは自律神経の疲弊 です。自律神経は体温調節・心拍・消化・血圧など、意識しなくても動き続ける身体機能を制御しています。暑い屋外と冷房の効いた屋内を繰り返し行き来すると、交感神経と副交感神経の切り替えが何度も繰り返され、システムが過負荷になると考えられています。
山口大学の山本らが行った研究では、WBGT(湿球黒球温度)35℃の暑熱環境に30分さらされた被験者で、心拍変動の高周波成分(HF%)が有意に低下し、低周波/高周波比(LF/HF比)が有意に上昇したことが報告されています[1] 。これは副交感神経の抑制と交感神経の優位化を示す指標とされており、暑熱が自律神経のバランスを変化させることを示す根拠の一つとして引用されています。また、同研究では尿中ノルエピネフリン(交感神経の活性マーカー)が対照環境と比較して有意に増加していたことも報告されています。
さらに、Crandall らの研究では、受動的な全身加熱で内部体温が約1.3℃上昇すると、筋交感神経活動(MSNA)がベースラインの約2.3倍に増加することが示されています[2] 。交感神経が長時間にわたって緊張状態を保つと、倦怠感・動悸・頭重感・集中力低下といった症状が現れやすくなると考えられています。
つまり、「7月に外に出て、すぐ冷房の部屋へ入る」という現代的な生活パターンが、自律神経への繰り返し負荷をつくり出している可能性があるとされています。
図1:山本ら(2007年[1])の知見をもとに作図。暑熱曝露により交感神経が優位になり、副交感神経が抑制されることで自律神経バランスが乱れるメカニズム
脱水と電解質喪失——だるさ・頭痛・集中力低下のメカニズム
夏バテのもう一つの大きな柱が脱水と電解質喪失 です。人体は1日に尿・呼気・皮膚からの不感蒸泄などを合わせて約2〜2.5リットルの水分を失います。夏は発汗量が増えるため、意識しないと慢性的な軽度脱水に陥りやすい状態となります。
米陸軍環境医学研究所のSawkaとMontainによる総説(2000年)では、脱水が進むと有酸素運動能力が低下し、気温が高い環境ほどその悪影響が大きくなることが報告されています[3] 。また、電解質(ナトリウム・カリウムなど)の喪失が細胞の信号伝達に影響を及ぼす可能性も指摘されています。
Akerman らの研究では、熱環境と脱水が重なると安静時心拍数が通常環境比で最大55回/分増加し、平均血圧も24時間後に有意に低下したことが示されています[4] 。血圧低下は脳への血流不足につながり、倦怠感・頭重感・立ちくらみの原因になりうると考えられています。
水戸市保健センターの資料によると、脱水予防の観点から「コップ1杯(約200ml)の水を1〜2時間おきにこまめに摂取する」ことが推奨されています[5] 。ただし、大量に汗をかいた際は水だけでは電解質が希釈される場合があり、ナトリウムを含む飲料や食事からの塩分補給も並行して検討することが重要とされています。
図2:発汗による脱水・電解質喪失と、倦怠感・頭重感・立ちくらみの関係を示すフローチャート
食欲不振と胃腸機能の低下——なぜ夏は食べられなくなるのか
「暑くて食欲がない」という訴えには、生理学的な根拠があります。暑熱環境では、体温を一定に保つために血流が皮膚(放熱器官)に優先的に分配されます。その結果、消化管への血流が相対的に減少し、胃腸の蠕動運動が低下 しやすくなると考えられています。
Zheng らが行った室温別の睡眠・食欲実験では、36℃環境下では28〜32℃環境と比較して、昼食時の「食べたい欲求」と「空腹感」が有意に低下することが報告されています(p<0.05)[6] 。この研究は睡眠中の環境温度を対象としたものですが、高温が食欲抑制を引き起こす一つの客観的な裏付けとして参照されています。
また、交感神経が優位になると消化管の運動が抑制される(副交感神経が蠕動運動を促進する)という自律神経の原則も、夏バテ時の食欲不振を理解する上で重要です。前節で述べた自律神経の乱れが、消化機能にも波及している可能性があります。
食欲が落ちると、冷たい飲料・麺類・アイスなど炭水化物中心の食事になりがちで、たんぱく質・ビタミン・ミネラルが不足するという悪循環に陥りやすくなります。特にビタミンB1 は糖質をエネルギーに変換する酵素反応に関与しており、不足すると疲労感が増す可能性があるとされています。豚肉・大豆製品・玄米などに多く含まれています。
図3:高温下での交感神経優位→消化管血流低下→食欲不振→栄養不足という悪循環のイメージ図
睡眠の質の低下——暑い夜が回復を妨げるしくみ
「たくさん寝ているのに疲れが取れない」——これは夏バテに特有の訴えです。その背景には、暑熱が睡眠の質を著しく損なう という生理的なメカニズムがあります。
Okamoto-MizunoとMizunoによるレビュー(2012年)では、熱曝露によって覚醒時間が増加し、REM睡眠(レム睡眠)と徐波睡眠(深い眠り)が減少することが報告されています[7] 。特に湿度が高い熱環境では、体温調節がより困難になるため、睡眠への悪影響が増大するとされています。
人が入眠するためには、深部体温が下がることが必要とされています。通常、夕方から就寝にかけて深部体温は低下し始め、それが入眠のシグナルになります。しかし就寝時の室温が高いと、皮膚からの放熱が妨げられ、深部体温が十分に下がらないため、寝つきが悪くなり深い睡眠段階に入りにくくなると考えられています。
Zheng らの前述の研究でも、36℃以上の環境では浅い睡眠が有意に増加し、実際の睡眠時間が短縮されることが報告されています[6] 。深い睡眠が減ると、成長ホルモンの分泌や細胞修復が滞り、翌朝の「寝た感じがしない」「身体が重い」という感覚につながる可能性があります。
寝室環境については、水戸市の保健資料では「エアコン設定温度は25〜28℃を目安に、風が直接体に当たらないようにする」ことが紹介されています[5] 。冷房を使う際は、過度な冷やしすぎで自律神経への負担が生じる可能性もある点に留意が必要です(冷房による自律神経の乱れについては冷房・クーラーで体がだるい・冷える(冷房病)と自律神経の関係 も参照ください)。
図4:高温環境下では深部体温が下がりにくく、深い睡眠(徐波睡眠)が減少するメカニズムのイメージ
食事・水分・睡眠のセルフケア——日常生活でできること
夏バテのセルフケアは、大きく「水分補給」「食事」「睡眠環境の整備」の三本柱になります。これらは短期間での劇的な変化を保証するものではありませんが、身体の基盤を整えることで不調が出にくい状態に近づけるための取り組みとして位置づけられています。
水分補給
のどが渇く前にこまめに飲む(コップ1杯=約200mlを1〜2時間おきに)
大量に汗をかいた後は、水だけでなく塩分(ナトリウム)も合わせて補給することを検討する
アルコール・カフェインは利尿作用があるため、飲み過ぎに注意する
食事
冷たい麺・アイスだけでなく、たんぱく質(肉・魚・大豆)と野菜を意識して取り入れる
ビタミンB1を含む食品(豚肉・玄米・納豆)を積極的に取り入れることが、疲労感の軽減に役立つ可能性があるとされている
冷たいものの摂りすぎは胃腸への負担になる場合があるため、量や頻度に気をつける
1回の食事量が食べられない場合は、少量を数回に分けて食べることも一つの方法とされている
睡眠環境
寝室の室温は25〜28℃を目安に、冷風が直接体に当たらないよう工夫する
就寝1〜2時間前に湯船に浸かると、入浴後に皮膚からの放熱が促され深部体温が下がりやすくなる可能性があるとされている(ぬるめのお湯で5〜10分程度)
遮光カーテンで早朝の光が入らないようにすると、体内時計のズレを防ぐ一助になる可能性がある
昼夜逆転やだらだら寝は自律神経のリズムを乱す可能性があるため、起床時刻をなるべく一定に保つことが勧められている
身体活動
適度な運動(ウォーキング15〜30分程度)は、自律神経の調節に役立つ可能性があるとされている。ただし、真昼の炎天下は避け、早朝・夕方など涼しい時間帯を選ぶことが大切
全く動かずにいると、熱順応が進まず、かえって暑さへの耐性が落ちる可能性がある
図5:水分補給・食事・睡眠環境整備という夏バテセルフケアの三本柱のイメージ
受診を検討したいサイン
夏バテと思っていても、なかには別の疾患が隠れているケースがあります。以下のようなサインが一つでも当てはまる場合は、自己判断を続けず医療機関への相談を検討してください。
38℃以上の発熱が続く (感染症・熱中症との区別が必要)
急激に体重が減少している (消化器疾患・内分泌疾患のサインの可能性)
水分を飲んでも口の渇きがひどく、尿量が極端に増えている (糖尿病などを除外する必要)
立ち上がると目の前が暗くなる・失神しそうになる (起立性低血圧・脱水の重症化)
胸痛・強い動悸・息切れがある (心臓由来の症状の除外が必要)
意識がもうろうとする、ひどく混乱する (熱中症の重症サイン。速やかに救急対応が必要)
下痢・嘔吐が続いて水分が補給できない (脱水が急速に進む可能性)
2週間以上セルフケアを続けても改善が感じられない (他疾患の除外のために受診が望ましい)
特に高齢者・乳幼児・持病のある方は、症状が軽くても早めに医療機関に相談することをお勧めします。また、ふわふわするめまいや夕方のだるさが慢性化している場合は、自律神経の乱れが別の形で現れている可能性もあります(ふわふわめまいと自律神経 ・夕方になると急にだるくなる理由 もあわせてご覧ください)。
図6:夏バテと見分けたい受診のサイン(レッドフラッグ)のまとめ
参考文献
Yamamoto S, Iwamoto M, Inoue M, Harada N(2007年) 「Evaluation of the effect of heat exposure on the autonomic nervous system by heart rate variability and urinary catecholamines」Journal of Occupational Health . PubMed PMID: 17575400 ― 本記事での引用箇所:暑熱曝露(WBGT 35℃)により交感神経が活性化し副交感神経が抑制されること(h2-1「自律神経と気温差の関係」)の根拠
Low DA, Keller DM, Wingo JE, Brothers RM, Crandall CG(2011年) 「Sympathetic nerve activity and whole body heat stress in humans」Journal of Applied Physiology . PMC3220304 ― 本記事での引用箇所:体温が1.3℃上昇すると筋交感神経活動が約2.3倍に増加すること(h2-1「自律神経と気温差の関係」)の根拠
Sawka MN, Montain SJ(2000年) 「Fluid and electrolyte supplementation for exercise heat stress」American Journal of Clinical Nutrition . PubMed PMID: 10919961 ― 本記事での引用箇所:脱水が有酸素運動能力を低下させ、高温下でその影響が大きくなること(h2-2「脱水と電解質喪失」)の根拠
Akerman AP et al.(2017年) 「Heat and Dehydration Additively Enhance Cardiovascular Outcomes following Orthostatically-Stressful Calisthenics Exercise」Frontiers in Physiology . PMC5640974 ― 本記事での引用箇所:熱環境と脱水の重なりで心拍数上昇・血圧低下が相加的に増強されること(h2-2「脱水と電解質喪失」)の根拠
水戸市保健センター(健康づくり課) 「夏バテを予防しよう」水戸市ホームページ . https://www.city.mito.lg.jp/page/56263.html ― 本記事での引用箇所:水分補給(200ml・1〜2時間おき)、エアコン設定温度(25〜28℃)の推奨(h2-2「脱水と電解質喪失」・h2-4「睡眠の質の低下」)の根拠
Zheng G, Li K, Wang Y(2019年) 「The Effects of High-Temperature Weather on Human Sleep Quality and Appetite」International Journal of Environmental Research and Public Health . PMC6351950 ― 本記事での引用箇所:高温(36℃以上)で昼食時の食欲が有意に低下し、浅い睡眠が増加すること(h2-3「食欲不振と胃腸機能の低下」・h2-4「睡眠の質の低下」)の根拠
Okamoto-Mizuno K, Mizuno K(2012年) 「Effects of thermal environment on sleep and circadian rhythm」Journal of Physiological Anthropology . PubMed PMID: 22738673 ― 本記事での引用箇所:熱曝露でREM睡眠・徐波睡眠が減少し覚醒が増加すること(h2-4「睡眠の質の低下」)の根拠
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。症状が続く・悪化する場合や、気になる症状がある場合は、早めに医療機関にご相談ください。