「まさかこんなに暑くなるとは思わなかった」——停電になってからそう気づいても、もう遅い。夏の停電は、ふだん意識しないエアコンの存在を突如として奪い去り、自宅を危険な場所へと変えることがあります。本記事では、停電・防災という視点から、自宅でできる暑さ対策と平時の備えを根拠に基づいてご紹介します。
なぜ「自宅」が熱中症の最大の現場になるのか
熱中症は屋外で起きるものという印象が強いかもしれません。しかし、2024年5〜9月に熱中症で救急搬送された患者数は全国で9万7,578人(過去最多)にのぼり、発生場所の38.0%が「住居」 と報告されています[1] 。屋外や仕事場よりも、むしろ自宅が最も多い発生現場なのです。
年齢別に見ると、65歳以上の高齢者が全体の57.4%を占めます[1] 。高齢者は体温調節機能が低下しやすく、暑さや口の渇きを感じにくくなる傾向があるとされています。また、電気代を節約しようとエアコンをつけないまま過ごすケースも多く、これが室内熱中症のリスクを高めているとも指摘されています[2] 。
さらに停電が起きると、エアコンだけでなく扇風機や換気扇も使えなくなります。密閉された鉄筋コンクリートの住居では、室温が30℃を超えても外へ逃げる手段がなければ、体温はどんどん上昇していきます。「停電時の自宅」は、リスクが二重に高まる環境といえます。
図1:住居は熱中症発生場所の約4割を占める。停電でエアコンが止まると室温上昇リスクがさらに高まる(総務省消防庁 2024年データより)
暑さの「危険水準」をWBGTで理解する
環境省は、気温だけでなく湿度・輻射熱・風速を組み合わせた指標「暑さ指数(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature) 」を熱中症リスクの評価に使っています。WBGTが28℃を超えると「厳重警戒」、31℃以上になると「危険」と分類されており、この水準では外出自体を避けることが推奨されています[3] 。
重要なのは、WBGTは室内でも適用される指標だという点です。気温が35℃を超える猛暑日に風通しが悪い室内では、体感温度がさらに高くなることがあります。停電下でエアコンが使えない状況では、室内のWBGTが急激に上昇する可能性があります。
WBGT 21〜25℃(注意) :積極的に水分補給する
WBGT 25〜28℃(警戒) :こまめに水分・塩分を補給し、激しい運動を避ける
WBGT 28〜31℃(厳重警戒) :外出を控え、涼しい場所で過ごす
WBGT 31℃以上(危険) :屋外での活動は原則禁止。冷房のない室内も危険
これらの基準は、屋外でも室内でも共通して適用される考え方です。停電中に室内が「厳重警戒」水準に達したとすれば、すみやかに涼しい避難先(クーリングシェルター・公共施設など)へ移動することが重要です。
停電発生直後にできる「3ステップ冷却法」
停電直後は焦りやすいものです。しかし、電気がなくても体温上昇を抑えるための手段はいくつかあります。大切なのは「水・風・遮光」の3要素を組み合わせることです。
ステップ1:遮光で輻射熱をカットする
日光が差し込む窓にカーテン・すだれ・遮光シートを閉めます。直射日光による輻射熱は室温を数℃押し上げる可能性があるとされており、まずこれを遮断することが先決です。日の当たらない北側の部屋や1階へ移動するのも有効です。
ステップ2:気化熱を使って体を冷やす
濡れたタオルを肌に当て、うちわや手動の扇風機(充電式・手動式)で風を送ります。水が蒸発するときに熱を奪う「気化熱」の効果を利用します。ただし湿度が高い(75%以上)環境では蒸発が起こりにくくなり、冷却効果が低下することが知られています[4] 。その場合は次のステップを優先してください。
ステップ3:太い血管のある部位を保冷剤で冷やす
頸部(首の両脇)・腋窩(わきの下)・鼠径部(脚の付け根)は体表近くに太い静脈が走っており、これらを冷やすと冷えた血液が全身に循環するとされています[4] 。凍らせた保冷剤やペットボトルをタオルで包んで当ててください。直接皮膚に当てると凍傷の恐れがあるため、布を挟むようにしてください。
図2:冷却効果が高い3か所(首・わきの下・脚の付け根)に保冷剤を当てると、冷えた血液が全身を循環する(Hadad et al. (2004) レビューをもとに作図 [4])
平時に用意しておきたい「停電対応備蓄リスト」
停電になってからあわてて準備するのでは間に合いません。涼しい季節のうちに備えを整えておくことが、夏の停電を乗り切る鍵です。
内閣府は飲料水を「1人あたり1日3リットル、3日分(できれば1週間分)」 確保するよう呼びかけています[5] 。これは基本の水分量ですが、夏の高温環境では発汗量が増えるため、実際にはより多くの水分が必要になる可能性があります。
水分・塩分 :飲料水(1人3L×3日分以上)、経口補水液、塩タブレット
冷却グッズ :保冷剤(複数個。普段から冷凍庫で凍らせておく)、冷却タオル、うちわ・手持ち扇風機(充電済み)
遮光グッズ :遮光カーテン、遮光シート、すだれ
情報収集 :乾電池式・ソーラー充電式のラジオ(避難所情報・気象情報を受信)
明かり :懐中電灯、LEDランタン(乾電池または充電式)
モバイルバッテリー :スマートフォン充電用(大容量のものが望ましい)
食料 :加熱不要の缶詰・レトルト食品(3日〜7日分)
保冷剤は停電前から冷凍庫に常備しておくことが重要です。停電後は冷凍庫の扉を開け閉めせずに保温することで、保冷剤をより長く使えます。ローリングストック(消費しながら補充を続ける方法)を活用し、食料や飲料水の鮮度を保ちながら備蓄しましょう。
「避難する」選択肢を迷わず使う
停電が長引き、室温の上昇が続く場合、自宅にとどまることが安全とは限らない状況もあります。近年、日本では市区町村が「クーリングシェルター(冷房設備のある指定避難所・公共施設)」 を整備しています。熱中症特別アラートが発令された際には、クーリングシェルターの開設が求められるようになっており、停電中でも電力が確保されている施設であれば冷房が使えます。
また、近隣のコンビニエンスストア・ショッピングモール・図書館なども涼を取れる場所として活用できます。
特に以下に当てはまる場合は、早めに避難することを検討してください。
65歳以上の高齢者が自宅にいる
乳幼児や体調不良の人がいる
室温が28℃を超え、なおかつ湿度が高い状態が続いている
停電の回復見通しが立っていない
「ひとりで対処しなければ」と思い込まず、避難所や公共施設を積極的に利用することも、自助の重要な一部です。
受診を検討したいサイン
次のような症状が現れた場合は、熱中症の重篤化が疑われます。自己判断で様子を見ることをせず、すみやかに119番を呼ぶか、近くの医療機関を受診してください。
意識がもうろうとしている、呼びかけに反応しない
まっすぐ歩けない、体がふらつく
高体温(39℃以上)が続いており、冷やしても下がらない
激しいけいれんが起きている
嘔吐を繰り返しており水分を口にできない
皮膚が熱く乾いている(汗が出ていない状態)
独居の高齢者が長時間連絡が取れない状況で猛暑が続いている
救急を呼ぶまでの間も、首・わきの下・鼠径部への保冷剤あて、濡れタオルと送風による体表冷却を続けることが重要とされています[4] 。
図3:停電時の暑さ対策フロー——室温・症状に応じた行動の選択肢(「受診を検討したいサイン」を含む)
参考文献
総務省消防庁(2024年) 「令和6年(5月〜9月)の熱中症による救急搬送状況」総務省消防庁 . GemMed 記事(消防庁データ引用) ― 本記事での引用箇所:「住居が発生場所の38.0%」「65歳以上が57.4%」「搬送者9万7,578人(過去最多)」の根拠
Fujimoto M, et al.(2023) 「Possible adaptation measures for climate change in preventing heatstroke among older adults in Japan」International Journal of Environmental Research and Public Health(PMC) . PMC10556232 ― 本記事での引用箇所:「高齢者がエアコンを使わない」リスクとして「エアコン不在(OR 1.6)」「独居(OR 2.5)」の指摘の根拠
環境省(2006〜現在) 「熱中症予防情報サイト 暑さ指数(WBGT)について」環境省 熱中症予防情報サイト . wbgt.env.go.jp ― 本記事での引用箇所:WBGT 4段階分類(注意・警戒・厳重警戒・危険)と対応行動の根拠
Hadad E, et al.(2004) 「Heat stroke: a review of cooling methods」Sports Medicine . PubMed 15248787 ― 本記事での引用箇所:「首・わきの下・鼠径部を冷やす根拠(太い静脈を冷やして全身循環に作用)」「高湿度下での気化冷却の限界(湿度75%超で効果低下)」「救急を呼ぶ間も体表冷却を続ける重要性」の根拠
内閣府(防災担当)(2010) 「特集 災害の備え、何をしていますか」内閣府 防災情報のページ . bousai.go.jp ― 本記事での引用箇所:「1人あたり1日3リットル、3日分(高層住宅は7日分)」の備蓄推奨量の根拠
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。熱中症の症状が疑われる場合や、症状が続く・悪化する場合は、すみやかに医療機関にご相談ください。