夜になっても気温が下がらない。布団に入っても体が熱くて、寝つけない。ようやく眠れたと思っても、何度も目が覚めてしまう——。夏の熱帯夜にこんな経験をしている方は多いのではないでしょうか。
「ただ暑いだけ」と思いがちですが、夏の寝苦しさには体温調節のしくみや自律神経の働きが深く関わっています。この記事では科学的な知見をもとに、夏の睡眠の質低下の背景と日常で取り組めるセルフケアの考え方をご紹介します。
熱帯夜とは何か——気象庁が定める「夜間25℃以上」の現実
気象庁は、夕方から翌朝にかけて最低気温が25℃以上になる夜を「熱帯夜」と定義しています[1] 。かつては夏の一時的な現象でしたが、近年は都市部を中心に熱帯夜の日数が増加傾向にあるとされています。気象庁のデータによれば、大都市では年間の熱帯夜日数が長期的に増加していることが確認されており、東京などでは夏の1〜2か月にわたって熱帯夜が続くことも珍しくなくなっています[1] 。
寝室の室温が高いまま保たれると、人間の体はどのような影響を受けるのでしょうか。高温・多湿な環境では、体の熱を外に逃がすことが難しくなります。その結果、本来であれば就寝前後に起こるはずの「深部体温の低下」が妨げられ、眠りに入りにくくなると考えられています。さらに、ようやく眠れたとしても、睡眠の後半にかけて覚醒しやすくなることも報告されています[2] 。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」でも、夏は日長時間の延長に加え、高温・多湿な寝室環境が睡眠の質に影響する一因として言及されています[3] 。睡眠の悩みを持つ人の割合は年々増加しており、国民健康・栄養調査(令和元年)では、6時間未満の睡眠をとっている成人は男性37.5%、女性40.6%にのぼると報告されています[3] 。
図1:熱帯夜の寝室では体の熱を逃がしにくく、深部体温の低下が妨げられると考えられています
眠りを誘う「深部体温の低下」——体温調節と入眠のしくみ
ヒトが眠りに入るためには、深部体温(体の中心部の温度)が下がることが重要な役割を担っていると考えられています。深部体温は1日を通じてリズムがあり、夕方から夜にかけて徐々に下がり始め、就寝時間帯に最も低くなります。このリズムは概日リズム(サーカディアンリズム)と呼ばれる生体の周期に沿って生じています。
このメカニズムについて、クローチ(Kräuchi)らの研究では、入眠しやすさを最もよく予測する変数として「末梢(手足)と体幹の皮膚温度差(遠位—近位皮膚温度勾配)」が挙げられています[4] 。つまり、手足の温度が上がり、体幹の熱が末梢へと移動することで放熱が促され、深部体温が下がると眠りに入りやすくなるというしくみです。「消灯」というサインをきっかけに体がリラックスし、熱が体の中心から末梢へと再分配されると、入眠が起こりやすくなると報告されています。
ところが、室温が高いと皮膚表面から熱が逃げにくくなります。湿度が高い状態では汗をかいても蒸発しにくく、気化熱による体温低下も起こりにくくなります。その結果、深部体温が下がらないまま床についている状態になり、寝つきが悪くなると考えられています。深部体温の1日の変動幅はおおよそ1℃程度ですが、この小さな変化が睡眠の質に大きく影響します[4] 。
図2:Kräuchiらの報告([4])をもとに作図——手足からの放熱が深部体温の低下を促し入眠につながるとされています
高温・多湿が睡眠ステージに与える影響
熱環境が睡眠の質に与える影響については、複数の研究でまとめられています。岡本(Okamoto-Mizuno)らのレビュー論文によれば、高温環境では覚醒時間が増加し、深いノンレム睡眠(徐波睡眠)やREM睡眠が減少することが報告されています[2] 。特に問題とされるのは、就寝中の衣類や寝具を使用する現実の生活環境では、高温への暴露が覚醒を増やし、深い睡眠を妨げるという点です。
REM睡眠は体温調節機能が不安定になりやすい睡眠ステージで、高室温下では覚醒しやすくなることが指摘されています。睡眠の後半はREM睡眠が長くなるため、深夜から明け方にかけて「目が覚めてしまう」という経験につながりやすいと考えられます。
また、高湿度はさらに熱負荷を高め、睡眠ステージや体温調節に影響を与えることも示されています[2] 。同じ室温でも、湿度が高いほど寝苦しさが増すことが多いのはこのためと考えられます。日本の夏は気温だけでなく湿度も高いため、この「高温×高湿度」の組み合わせが睡眠の質に特に大きな影響を与えやすいとされています。
Lomasら(2024年)のコホート研究では、夏の寝室温度が上昇するほど睡眠の質と量に悪影響が生じることが報告されており、温帯地域においても夏の寝室過熱が睡眠問題の一因となることが示されています[5] 。
自律神経と夏の睡眠——体温リズムが乱れるとどうなるか
睡眠と覚醒のリズムには、自律神経(交感神経・副交感神経)が深く関わっています。通常、夜になると副交感神経が優位になり、心拍数が下がり、体が休息モードに入ります。このとき深部体温も低下し、眠りに入りやすい状態になります。
ところが、暑さや寝苦しさが続くと、体は体温を下げようとして発汗や血流の調節を続けます。これは交感神経が関与するプロセスであり、夜間も緊張状態が続く可能性があります。つまり、「暑くて眠れない」状態は、単に体が熱いという物理的な問題だけでなく、自律神経が休まりにくい状態をつくり出している側面もあると考えられます。
また、冷やしすぎも体を緊張させることがあるため、室温の設定と寝具のバランスを整え、自分にとって快適な環境を探すことが大切です。
厚生労働省の睡眠ガイド2023では、睡眠不足が慢性化すると肥満・高血圧・2型糖尿病・心疾患などのリスク上昇に関連するとも指摘されており[3] 、夏の睡眠の質低下を軽視しないことが大切です。
日常で取り組めるセルフケアの考え方
夏の睡眠の質を保つためには、就寝前から寝室環境を整えることが基本とされています。以下は科学的な知見をふまえた考え方です。個人差があり効果を保証するものではありませんが、継続して取り組むことが大切とされています。
寝室の温度と湿度を整える :研究では、エアコンを使用しない条件(室温32℃・湿度80%)と使用した条件(室温26℃・湿度50%)では、エアコン使用時のほうが深部体温が効率よく低下することが示されています[2] 。一般的に室温26〜28℃前後、湿度50〜60%程度が快適な睡眠環境の目安とされていますが、個人差があるため自分にとって快適と感じる設定を探すことが大切です。
就寝前の入浴タイミングを工夫する :38〜40℃のぬるめの湯に就寝1〜2時間前に入ることで、その後の放熱と深部体温低下のリズムを活用できると考えられています。夏は暑く感じる場合、シャワーや足浴を活用することも一案とされています。
寝具・寝衣の素材を見直す :通気性・吸湿性の高い素材(綿・麻・冷感素材など)の寝具や寝衣は、体表面の熱と湿気を逃がしやすくするとされています。寝床内の温度(33℃前後)と湿度(50%前後)を保てるよう工夫することが大切とされています。
扇風機や空気の流れを活用する :足元から顔の方向へ微風(毎秒1.7m程度の弱い風)を当てると、皮膚表面からの熱と汗の蒸発が促されると報告されています[2] 。体を冷やしすぎる強風ではなく、わずかな空気の流れを活用することがポイントとされています。
就寝前の強い光を避ける :スマートフォンやパソコンの強い光(特にブルーライト)は、睡眠ホルモンとも呼ばれるメラトニンの分泌を抑えるとされています。就寝1時間前には画面輝度を下げる、または画面から離れることが勧められています。
日中の過ごし方も整える :適度な身体活動は概日リズムを整える助けになるとされています。ただし、就寝直前の激しい運動は体を覚醒状態にすることがあるため、タイミングに注意が必要です。
カフェインとアルコールに注意する :カフェインには覚醒作用があり、夕方以降の摂取は入眠を妨げることがあります。アルコールは入眠しやすくなる反面、深い睡眠を妨げ途中覚醒を増やすことが知られています。厚生労働省の睡眠ガイドでも、嗜好品の摂り方が睡眠に影響することが解説されています[3] 。
図3:夏の睡眠セルフケアの考え方と、受診を検討したいサインの整理
受診を検討したいサイン
日々のセルフケアに取り組んでも、以下のような状態が続く場合は、睡眠障害や他の疾患が関係している可能性も考えられます。自己判断を続けず、医療機関にご相談ください。
夏以外の季節も含めて、慢性的に寝つけない・途中で何度も目が覚める状態が1か月以上続いている
日中の強い眠気や集中力の低下により、日常生活や仕事に支障をきたしている
就寝中に大きないびきや呼吸の停止を指摘されたことがある(睡眠時無呼吸症候群の可能性)
手足のむずむず感や不快感で眠れない(むずむず脚症候群の可能性)
睡眠不足感が続き、気分の落ち込みや不安感が強くなっている
睡眠薬や市販の睡眠補助薬に頼る機会が増えてきた
寝ている間に激しい動作や大声が出ると指摘されたことがある
夜間の発汗が極端に多く、室温が低くても続く
睡眠時間を十分確保しているにもかかわらず、日中の眠気や休養感の低下が続く
厚生労働省の睡眠ガイド2023でも、「睡眠時間を十分確保しているにもかかわらず睡眠休養感が低下した場合は、医療機関などで原因を詳しく調べてもらう必要がある」と明記されています[3] 。夏の一時的な寝苦しさと、慢性化した睡眠の問題を区別し、長く続く悩みは専門家に相談することを検討してください。
参考文献
気象庁(Japan Meteorological Agency) 「気温について——熱帯夜とは何ですか?」および「大都市における熱帯夜日数の長期変化傾向」気象庁 公式サイト. https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq3.html (熱帯夜の定義)/ https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/himr/himr_tminGE25.html (熱帯夜日数の変化傾向) ― 本記事での引用箇所:「熱帯夜とは夜間最低気温25℃以上の夜」「都市部で熱帯夜日数が長期的に増加傾向」の根拠
Okamoto-Mizuno K, Mizuno K.(2012) 「Effects of thermal environment on sleep and circadian rhythm」Journal of Physiological Anthropology . 31(1):14. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3427038/ ― 本記事での引用箇所:「高温環境で覚醒増加・REM睡眠・深睡眠が減少」「高温高湿度が熱負荷を増す」「エアコン使用条件で深部体温低下が促進」「微風による直腸温0.3℃低下」の根拠
厚生労働省(2023) 「健康づくりのための睡眠ガイド2023」健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会. https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf ― 本記事での引用箇所:「6時間未満睡眠の成人割合(男性37.5%、女性40.6%)」「高温・多湿な寝室環境が睡眠の質に影響する一因」「睡眠環境の重要性」「睡眠不足と生活習慣病リスク」「休養感低下時の医療機関相談推奨」の根拠
Kräuchi K, Wirz-Justice A.(2001) 「Circadian clues to sleep onset mechanisms」Neuropsychopharmacology . 25(5 Suppl):S92-6. doi:10.1016/S0893-133X(01)00315-3 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11682282/ ― 本記事での引用箇所:「末梢(手足)と体幹の皮膚温度差(遠位—近位勾配)が入眠の最良の予測変数」「消灯によるリラックスで熱が体幹から末梢へ再分配され入眠が促される」「深部体温の日内変動幅は約1℃」の根拠
Lomas K, et al.(2024) 「Homes Heat Health protocol: an observational cohort study measuring the effect of summer temperatures on sleep quality」BMJ Open . 14(7):e086797. doi:10.1136/bmjopen-2024-086797 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11227782/ ― 本記事での引用箇所:「夏季の寝室温度上昇が睡眠の質と量に悪影響を与えることの背景」「温帯地域でも高い夜間外気温・室内温度は睡眠の質と量に負の影響を与える」の文脈
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医学的な診断・治療に代わるものではありません。ご自身の症状や健康状態については、医師や医療機関にご相談ください。記事内で紹介しているセルフケアの方法は個人差があり、すべての方に同様の結果をもたらすものではありません。