夜中に肩の痛みで目が覚め、服の脱ぎ着もままならない——そんな経験を持つ方が、40〜60代を中心に少なくありません。「四十肩」「五十肩」と呼ばれるこの症状の正式名称は肩関節周囲炎 です。放置していれば自然に回復すると聞いたけれど、どのくらいかかるのか、今の時期に何をすればいいのかが分からない——この記事では、そうした疑問に時期(病期)ごとの視点でお答えします。
「四十肩・五十肩」とは何か——肩関節周囲炎の基礎知識
肩関節周囲炎は、特定の外傷がないにもかかわらず肩関節の周囲に炎症が生じ、痛みと可動域制限(拘縮) が現れる疾患群の総称です[1] 。靭帯・腱・関節包・滑液包などの組織が炎症を起こし、繰り返す刺激や加齢による組織変性が背景にあると考えられています。
一般的な有病率は人口の1〜2%程度とされており[2] 、特に50歳前後の女性に多いとされています。注目すべきは糖尿病との関連 で、糖尿病のある方では一般人口の約3.7倍のリスクがあるというメタアナリシスの報告があります[3] 。甲状腺機能異常や脂質代謝異常も関係があるとされており、基礎疾患のある方は特に注意が必要です。
「五十肩なら放っておけば自然に回復する」という話を耳にすることがありますが、追跡調査では平均4.4年(範囲2〜20年)の経過観察後に約41%の方にまだ症状が残っていたという報告もあります[2] 。自然経過に個人差が大きく、適切な対処が回復期間を左右すると考えられています。
図1:肩関節周囲炎の全体像——関節包・腱・滑液包に炎症が生じ、痛みと可動域制限が現れる
3つの病期を知る——急性期・拘縮期・回復期の違い
肩関節周囲炎は一般に炎症期(急性期)→拘縮期→回復期 の3段階で経過するとされています[1] 。全体の経過は2〜3年に及ぶことが多く、どの時期にいるかによって、適切な対処はまったく異なります。
炎症期(急性期): 発症直後〜数ヶ月。安静時や夜間にもズキズキ・ジンジンとした痛みが出ます。無理に動かすと炎症が増悪するため、この時期は「痛みの範囲で安静を保つ」ことが基本です。就寝時に患側(痛いほう)の肘の下にクッションを置く、横向きに枕を抱いて寝るといった工夫が、夜間痛の軽減につながることがあります。
拘縮期(凍結期): 数ヶ月〜1年程度。強い痛みは落ち着いてきますが、「肩が重い・だるい」感覚とともに、可動域制限が前面に出てきます。服の着替えや洗髪が難しくなる方が多い時期です。炎症が落ち着いているため、少しずつ動かし始めることが拘縮の進行を防ぐうえで重要とされています。
回復期(解凍期): 1年〜2年以上。痛みと可動域が徐々に回復に向かいます。積極的に肩を動かすことで回復が促されると考えられています。この時期のストレッチや運動療法は、回復期間の短縮に寄与する可能性があります。
「痛みが引いたから大丈夫」と油断して放置すると、拘縮期に入っても関節が固まったままになるケースがあります。逆に炎症期に無理にストレッチをすると、炎症を悪化させることもあります。「今どの時期か」を判断することが、セルフケアの第一歩 です。
夜間痛のメカニズムと急性期の過ごし方
急性期の特徴的な症状が「夜間痛」です。横になると患側の肩に体重がかかりやすくなり、また夜間は副交感神経が優位になることで血管が拡張して炎症部位がうっ血しやすいといった要因が重なり、痛みが増すと考えられています[1] 。
夜間痛を和らげるための生活上の工夫として、以下が知られています。
患側の肘の下にクッションを置く: 腕が胸の前で浮いた状態になり、肩への負荷が軽減されやすくなります。
横向きに寝る場合は患側を上にして枕を抱く: 肩関節が内旋しにくい姿勢を保てます。
うつぶせ寝は避ける: 肩が過剰に内旋・前屈する方向に力がかかりやすくなります。
脇を閉じた状態で肘から先を使う: 日中の家事・作業時にも肩への負担を最小限にできます。
急性期に温熱(入浴・湿熱パック)を使うと、かえって炎症を増悪させることがあるため注意が必要です。痛みが非常に強い時期は、アイシング(氷をタオルに包んで15〜20分)のほうが炎症の鎮静に役立つことがあります。いずれも症状や状態によって異なるため、判断に迷う場合は整形外科医やリハビリ専門職に確認することをお勧めします。
図2:Dyer ら(BMJ Open 2023 [3])のメタアナリシスをもとに作図——糖尿病のある方は肩関節周囲炎のリスクがオッズ比3.69倍(95%CI 2.99–4.56)と報告されている
拘縮期・回復期のセルフケア——ストレッチと温熱の使い方
炎症が落ち着く拘縮期〜回復期に入ったら、ストレッチ・運動療法を少しずつ取り入れることが可動域の回復を支えると考えられています。Kim らのレビュー(2025年)では、「運動療法は肩関節周囲炎の可動域・機能・疼痛を有意に改善する」と報告されています[2] 。ただし、「無理やり・少なすぎ」いずれも逆効果になるため、痛みのない範囲で行うことが原則です。
コッドマン体操(振り子運動): テーブルに健側の手をついて上体を前傾させ、患側の腕をぶらりと垂らして前後・左右・円を描くように小さく揺らします。Cunningham ら(2020年)の研究では、この運動による肩関節自体の動きは比較的小さく(6〜14度程度)、「急性期以降の初期段階として安全に関節を動かし始めるのに役立つ可能性がある」と報告されています[4] 。痛みがなければ1回あたり20〜30秒、1日2〜3セットを目安に行います。
壁伝い挙上(ウォールウォーク): 壁に指先をあて、少しずつ高い位置へ指を「歩かせる」ように上げていきます。限界より少し手前で止め、無理に押し上げないことが重要です。
温熱療法の使い方: 拘縮期以降は、ストレッチ前に患部を温めることで組織の柔軟性を上げ、ストレッチの効果を引き出しやすくなると考えられています。Leung と Cheing(2008年)のランダム化比較試験では、ストレッチ単独に比べ、深部加温(超音波治療)を加えたほうが可動域・疼痛の改善が有意に優れていたと報告されています[5] 。自宅では、入浴後や温湿布などの表面加温を活用し、温まった状態でストレッチを行う流れが一般的です。ただし急性期(炎症が強い時期)は温熱を避け、痛みが落ち着いてから導入してください。
姿勢と肩の関係: 猫背(円背)や頭が前に出た姿勢は、肩甲骨の動きを制限し、肩関節への負担を増やすとされています。日常生活で胸を軽く開いた姿勢を意識したり、肩甲骨を軽く寄せる運動(肩甲骨のゆっくり回旋、寄せ引き)を取り入れることが、肩周囲の柔軟性の維持に役立つとされています[1] 。特に長時間のデスクワークをされる方は、1時間に一度は姿勢をリセットする習慣が一助になるかもしれません。
症状別・時期別セルフケア一覧
急性期(夜間痛・安静時痛が強い): 無理な運動は禁物。就寝姿勢の工夫(クッション)、アイシング、脇を閉じた生活動作の徹底。温熱は避ける。
拘縮期(痛みは減ったが可動域が狭い): 温熱(入浴・温湿布)でほぐしてからコッドマン体操→壁伝い挙上。肩甲骨の運動を日常に取り入れる。
回復期(徐々に動かせるようになってきた): 積極的な可動域訓練(ストレッチ)と軽い筋力強化。日常生活で意識的に患側の腕を使う。
共通: 姿勢の改善(猫背・前傾頭位の是正)。糖尿病のある方は血糖管理が予後に影響するとされるため主治医に相談を。
「どの時期か判断できない」「自己判断でのセルフケアで症状が悪化している感じがする」という場合は、整形外科または理学療法士によるリハビリを受けることをご検討ください。時期に合わない対処は、回復を遠ざけることがあります。
受診を検討したいサイン
夜間痛がひどく、1〜2週間以上まったく眠れていない
腕や手にしびれ・力が入らない感覚がある(神経や腱板断裂の可能性)
両肩同時に症状が出た、または全身の関節が痛む(関節リウマチ等の可能性)
肩の外傷(転倒・転落)のあとに急激に痛みと力が入らない状態になった(腱板断裂の可能性)
発熱・腫脹・皮膚の赤みを伴う肩の痛み(感染症・化膿性関節炎の可能性)
3〜6ヶ月以上たっても症状が改善しない、または悪化している
糖尿病・甲状腺疾患など基礎疾患がある方で肩の症状が出た場合
これらの症状がある場合は、自己判断でのセルフケアを続けず、速やかに整形外科を受診してください。腱板断裂・石灰沈着性腱炎など、治療方針が異なる疾患が隠れている場合があります。
図3:時期別セルフケアと受診を検討したいサインの整理(急性期・拘縮期・回復期)
参考文献
洛和会ヘルスケアシステム 丸太町リハビリテーションクリニック(2024) 「肩関節周囲炎(四十肩・五十肩)—疾患別治療・リハビリテーション」rakuwa.or.jp . 出典ページ ― 本記事での引用箇所:病期(炎症期・拘縮期・回復期)の特徴、夜間痛の対処・就寝姿勢の工夫、リハビリテーションの原則
Kim JY, Gahlot N, Park HB(2025) 「Frozen shoulder: a narrative review of current treatment concepts and the underlying scientific evidence」Clinics in Shoulder and Elbow 28(4):529–546. doi:10.5397/cise.2025.00220. PMC全文 ― 本記事での引用箇所:有病率(一般人口1〜2%、年間約2.4/10万人)、自然経過(4.4年後に41%に症状残存)、運動療法の効果
Dyer BP, Rathod-Mistry T, Burton C, et al.(2023) 「Diabetes as a risk factor for the onset of frozen shoulder: a systematic review and meta-analysis」BMJ Open 13(1):e062377. doi:10.1136/bmjopen-2022-062377. PMC全文 ― 本記事での引用箇所:糖尿病のある方の肩関節周囲炎リスク(オッズ比3.69倍、95%CI 2.99–4.56)
Cunningham G, Charbonnier C, Lädermann A, et al.(2020) 「Shoulder Motion Analysis During Codman Pendulum Exercises」Arthroscopy, Sports Medicine, and Rehabilitation 2(4):e333–e339. doi:10.1016/j.asmr.2020.04.013. PMC全文 ― 本記事での引用箇所:コッドマン体操の肩関節への動作分析(GH関節運動域6〜14度)と、初期段階での安全な可動練習への活用
Leung MSF, Cheing GLY(2008) 「Effects of deep and superficial heating in the management of frozen shoulder」Journal of Rehabilitation Medicine 40(2):145–150. doi:10.2340/16501977-0146. PMID:18509580. PubMed ― 本記事での引用箇所:深部加温(超音波)+ストレッチがストレッチ単独・表面加温より可動域・疼痛の改善に優れるとするRCTの報告
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。症状が続く場合や悪化する場合、または自己判断でのセルフケアに不安がある場合は、整形外科など専門の医療機関にご相談ください。