「腕が上がらない」「夜中に肩が痛くて目が覚める」――40〜60代になって突然こうした症状が現れたとき、多くの人が思い浮かべるのが「五十肩」です。正式には肩関節周囲炎(かたかんせつしゅういえん) と呼ばれるこの状態は、日常生活に大きな支障をきたす一方で、病院でレントゲンを撮っても「骨に異常はない」と言われることが多く、原因や見通しが分かりにくいのが特徴です。この記事では、五十肩の原因と病期、主な治療の選択肢、そして自宅で試せるストレッチのポイントを、公的機関・学会・査読論文をもとに整理します。
五十肩とは何か――「肩関節周囲炎」と呼ばれる理由
「五十肩」は俗称であり、医学的には肩関節周囲炎(Frozen shoulder / Adhesive capsulitis) と呼ばれます。国際的には "frozen shoulder"(凍結肩)や "adhesive capsulitis"(癒着性関節包炎)が使われますが、いずれも「関節内の炎症によって激しい痛みが生じ、やがて可動域が狭まり、その後ゆっくりと回復する」という一連の経過を指します[1] 。
発症年齢は40〜70代に集中しており、発症例の8割以上 がこの年代に該当するとされています[1] 。「五十肩」と名が付いていますが、40代や60代でも起こりうるため、この年代だからといって即座に否定できるものではありません。また、一般人口における有病率は2〜5% と報告されており[2] 、決して珍しい状態ではありません。
注意が必要なのは、似た症状をもたらす肩の疾患が複数あることです。腱板断裂、肩峰下滑液包炎、石灰沈着性腱板炎なども肩の痛みや動作制限を起こします。これらは五十肩とは治療の方針が異なるため、初期の鑑別は整形外科での診察が重要です[2] 。
図1:肩関節の構造と五十肩が起きる関節包の位置(概略図)
五十肩が起きるしくみ――関節包の炎症と線維化
五十肩の主な病態は、肩関節を包む関節包(かんせつほう) に生じる炎症と線維化です。関節包は関節を袋状に包む軟部組織で、正常では滑らかに動きますが、何らかのきっかけで炎症が起きると、滑膜が肥厚し、関節包自体が収縮・硬化します[4] 。
関節鏡による観察では、関節内に明確な「癒着」が認められないケースも多く、かつて考えられていた単純な癒着モデルとは異なることが分かっています[1] 。病理学的には、線維芽細胞(fibroblast)が活性化してコラーゲンが過剰に産生され、結果として関節包が厚く硬くなる「線維化」が中心的な変化とされています[4] 。
リスクファクターとして最も証拠が強いのは糖尿病 です。一般人口の五十肩有病率が約0.75%であるのに対し、糖尿病をもつ人では13.4%(95%CI: 10.2〜17.2%)に上るとするメタ解析があります[3] 。インスリン依存型(1型)でとくに高いとされています[1] 。そのほか甲状腺疾患、血中脂質高値、パーキンソン病なども関連が報告されています[2] [4] 。デスクワークなどの「運動不足環境」もリスクとして挙げられており、力学的な過負荷というよりは代謝・内分泌系との関連が深いとみられています[1] 。
図2:一般人口と糖尿病患者における五十肩有病率の比較(Ferraboli ら(2023)[3]のメタ解析をもとに作図)
3つの病期ごとに変わる症状の見え方
五十肩は一般的に3つの時期(病期) を経ることが知られています。この経過を知っておくと、今どの段階にあるかを理解する手がかりになります[2] 。
炎症期(凍結進行期・freezing phase):2〜9か月
じっとしていても肩がズキズキ痛み、夜間に痛みが増すのが特徴です。腕を動かすと激しい痛みが走り、睡眠の妨げになることも多い時期です。この段階では積極的なストレッチよりも、痛みの範囲内でそっと動かすことが大切とされています。
拘縮期(frozen phase):4〜12か月
強い痛みは少しずつ落ち着いてきますが、代わりに肩関節の可動域制限が目立つようになります。頭の上に腕が上がらない、背中に手が届かない、エプロンのひもが結べないなど、日常動作の不自由さが増す時期です。
回復期(解凍期・thawing phase):5〜26か月
肩の動きが少しずつ戻ってくる時期です。全体の経過は1〜3年とされており[2] 、多くの場合は保存療法で経過を見ることができます。ただし、一部のケースでは症状が長引くこともあります。
全体の経過は文献によって「12〜42か月」と幅があり[1] 、個人差が大きいことが分かります。「自然に回復すると聞いたから我慢していれば大丈夫」と考えがちですが、過ごし方によって日常生活の質に大きな差が出るため、早めに専門家へ相談することが選択肢の幅を広げます。
診断と主な治療の選択肢
五十肩の確定診断には、まずレントゲン(骨・関節形態の確認)、必要に応じてMRIや超音波検査が用いられます。MRI造影は関節包の肥厚や腱板疎部の変化を検出するのに有用とされています(推奨グレードA)[1] 。一方、単純レントゲンでは軟部組織の変化は捉えにくく、鑑別診断に主に使われます。
治療の主な選択肢は以下のとおりです。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) :痛みや炎症を抑えるために使われます。単独よりも理学療法との組み合わせで、より良い経過をたどることが報告されています[2] 。
ステロイド(副腎皮質ホルモン)注射 :関節内に直接注射することで、炎症を強力に抑える方法です。早期の強い痛みに対して一時的な痛みの軽減が期待されます。ただし、繰り返し使用すると腱や靱帯への影響が懸念されるため、回数には注意が必要です。理学療法と組み合わせると、注射単独よりも早期の関節機能回復が期待できるとするランダム化試験があります[5] 。
ヒアルロン酸注射 :関節の潤滑を補助する目的で行われます。
理学療法・リハビリテーション :運動療法(ストレッチや関節可動域訓練)、徒手療法を中心に、痛みの緩和と機能回復を目指します。病期に合わせた運動の種類と強度の調整が重要です[2] 。
手術療法 :保存療法で十分な経過が得られない場合に、マニプレーション(麻酔下での授動術)や関節鏡視下の手術が検討されることがあります。
自宅でできるストレッチと注意点
自宅での運動は、医師・理学療法士の指導のもと行うことが前提ですが、病期に合わせた基本的な動かし方は参考になります。炎症期(痛みが強い時期)には、痛みの出ない範囲でそっと動かすことが基本です。痛みを無理に押し通すような積極的なストレッチは、急性期にはかえって関節包の炎症を悪化させる可能性があると報告されています[2] 。
以下に代表的な自宅運動を示します。いずれも痛みが増す場合はすぐに中止し、医療機関に相談してください。
振り子(ペンドラム)運動 :テーブルに反対側の手をついて上体を前傾させ、患側の腕をだらりと垂らします。腕の重みで肩関節が自然に牽引されるように、前後・左右・円を描くようにゆっくりと揺らします。1回10秒程度、1日3回程度が目安です。筋力で動かさず「重力と振り子の動き」に任せることがポイントです。
タオルを使った前方挙上 :タオルや棒を両手で肩幅に持ち、痛みのない範囲でゆっくりと頭上に持ち上げます。反動をつけず、息を止めずに行います。
外旋ストレッチ :椅子に座り、肘を90度に曲げて脇腹に固定した状態で、前腕を外側にゆっくりと回していきます。痛みが出たところで止め、5〜10秒保持します。
肩甲骨の引き寄せ(スキャプラーリトラクション) :両肩をすくめてから後ろに引き下げるようにゆっくり動かします。拘縮期以降に、胸部・肩周囲の筋を維持する目的で行われます[2] 。
「運動すれば早く動くようになる」と考えて急ぎすぎると、炎症期には逆効果になるケースがあります。また、肩を前に突き出す姿勢(前方突出した肩の姿勢)は、肩関節の前方挙上・外転の動きを妨げるとされているため、座っているときの姿勢にも注意が向けられています[2] 。
図3:五十肩の病期別セルフケアの選び方と受診を検討したいタイミングの整理
受診を検討したいサイン
以下のいずれかに当てはまる場合は、自己判断のみで経過を見続けず、早めに整形外科を受診することを検討してください。
安静時・夜間の痛みが強く、睡眠が妨げられる状態が続いている
数週間で急速に症状が悪化している(急な悪化は骨折・腱板断裂など別の疾患の可能性もあります)
発熱、肩の腫れ・熱感・発赤が伴う(感染・化膿性関節炎の疑い)
外傷(転倒・強打)の後から急に肩が動かせなくなった
腕のしびれや力の入りにくさがある(頸椎疾患や神経障害の鑑別が必要)
糖尿病・甲状腺疾患など基礎疾患のある方で肩の症状が続く
自宅での運動を2〜4週間続けても変化が感じられない、またはかえって悪化している
参考文献
村木孝行(2016) 「肩関節周囲炎 理学療法診療ガイドライン」理学療法学 第43巻第1号 67〜72頁. J-STAGE ― 本記事での引用箇所:好発年齢(8割が40〜70代)・自然経過(12〜42か月)・リスクファクター(糖尿病・推奨グレードB)・MRI造影の有用性(推奨グレードA)
Chan HBY, Pua PY, How CH(2017) 「Physical therapy in the management of frozen shoulder」Singapore Med J 58(12):685–689. PMC5917053 ― 本記事での引用箇所:有病率2〜5%・3病期の期間と特徴・各病期の理学療法・ペンドラム運動・スキャプラーリトラクション・前方突出姿勢のリスク
Ferraboli O, et al.(2023) 「Diabetes as a risk factor for the onset of frozen shoulder: a systematic review and meta-analysis」BMJ Open 13(1):e062377. PMC9815013 ― 本記事での引用箇所:一般人口有病率0.75%・糖尿病患者における有病率13.4%(95%CI 10.2〜17.2%)
Le HV, Lee SJ, Nazarian A, et al.(2017) 「Adhesive capsulitis of the shoulder: review of pathophysiology and current clinical treatments」Shoulder & Elbow 9(2):75–84. PMC5384535 ― 本記事での引用箇所:関節包の線維化・線維芽細胞の活性化・甲状腺疾患・パーキンソン病のリスクとの関連
Kraal T, Sierevelt I, et al.(2018) 「Corticosteroid injection alone vs additional physiotherapy treatment in early stage frozen shoulders」World Journal of Orthopedics . PMC6153137 ― 本記事での引用箇所:ステロイド注射単独と注射+理学療法の組み合わせで早期の関節機能回復に差が出たとするランダム化試験
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。掲載した内容は執筆時点の医学的知見に基づくものであり、最新の情報と異なる場合があります。肩の痛みや動作制限が続く・悪化する場合は、整形外科など医療機関にご相談ください。