肩を上げようとすると鋭い痛みが走る、夜中に肩がうずいて目が覚める、徐々に腕が上がらなくなってきた——。こうした症状の背後にあるのが五十肩(肩関節周囲炎)です。40代後半から60代に多く発症し、一般人口の2〜5%が経験するとされています[1] 。症状が出てから回復まで2〜3年かかることもある一方、適切なかかわり方を続けることで多くの方が肩の動きを取り戻すことができると報告されています。この記事では、五十肩の仕組み・3つの病期・夜間痛のメカニズム・病期に合わせたセルフケアの考え方を、根拠とともに整理します。
五十肩とはどんな状態か——関節包の炎症と拘縮の仕組み
五十肩の正式名称は肩関節周囲炎 ですが、医学的には「凍結肩(frozen shoulder / adhesive capsulitis)」とも呼ばれます。肩関節を包む袋状の組織(関節包 )に炎症が生じ、滑膜が増殖・肥厚して関節包全体が線維化・収縮することで可動域が失われていく疾患です[2] 。
肩関節は人体のなかでも特に複雑な動きをする関節で、上腕骨が肩甲骨のくぼみ(関節窩)と接する部分を大きな関節包が包んでいます。正常な関節包はやわらかく伸縮しますが、五十肩では内側の滑膜に炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α、COX-1/2など)が増加し、滑膜が肥厚・増殖します。その結果、関節包が硬く厚く縮んでいき、腕を横に広げる(外転)・後ろに回す(内旋)・上に持ち上げる(前方屈曲)といった複数の動作が制限されます。
腱板(けんばん) ——肩を囲む4つの筋肉群——に断裂がなくても、関節包の拘縮だけで症状が出るのが五十肩の特徴です。画像検査で「腱板に明らかな断裂がない」と言われても五十肩である可能性があるのは、このためです。
なお、肩こり・首こりとは原因が異なります。肩こりは主に僧帽筋など表層の筋肉や筋膜の緊張による症状ですが、五十肩は関節包という深部組織の問題です。肩こり・首こりの捉え方については揉んでもすぐ戻る肩こり・首こり もあわせてご参照ください。
図1:肩関節の構造と五十肩における関節包の変化。正常な関節包と肥厚・線維化した関節包のイメージ(Vita et al. [2] をもとに作図)
3つの病期と経過——「炎症期・拘縮期・回復期」はどれくらい続く?
五十肩は一様な経過をたどるわけではなく、一般的に3つの病期(フェーズ)をたどることが知られています[1] [2] 。現在どの段階にあるかを知ることが、対処の方向性を決める出発点になります。
炎症期(痛み期):2〜9ヶ月 最初の段階で、肩の深部や外側にびまん性の痛みが生じ、徐々に強くなります。夜間に痛みが増すことが多く、寝返りで目が覚めることもあります。腕を動かすと痛みが増し、徐々に可動域が狭まり始めます。
拘縮期(凍結期):4〜12ヶ月 炎症のピークが過ぎると痛みはやや落ち着きますが、関節包の線維化・癒着が進んで肩の動きが大きく制限されます。シャツのファスナーを後ろで上げる、頭上に手を伸ばすといった動作に支障が出やすくなります。
回復期(融解期):12〜24ヶ月 痛みがさらに和らぎ、可動域が少しずつ戻り始めます[3] 。適切なストレッチや理学療法を継続することが、この時期のカギとなります。
経過全体で2〜3年かかることもあります。注意したいのは、10〜20%の方には軽度の可動域制限が長く残ることがある という点です[1] 。ある追跡研究では、平均4.4年の経過観察で41%の患者が何らかの症状を自覚し続けていたことが報告されています[3] 。「いずれ自然に回復する」と放置するだけでなく、病期に合わせた対応が重要です。
図2:五十肩の3病期における痛みと可動域の変化の概念図(Li et al. [1]、Vita et al. [2] をもとに作図)
なぜ夜間に痛みが増すのか——炎症メカニズムから読み解く
五十肩の特徴的な症状のひとつが夜間痛 です。昼間は比較的動けるのに、横になると肩がうずいて眠れない——という訴えは非常に多く見られます。
夜間痛が生じる背景として、複数のメカニズムが考えられます。まず、関節包の滑膜・滑液包には炎症性サイトカイン(IL-1α、IL-1β、TNF-α、COX-1/2など) が高濃度に存在しており、これらが痛みシグナルを増強します。横になると患側の肩に体重がかかりやすくなり、重力の補助がなくなることで関節内の圧力分布が変化し、炎症組織が刺激されやすくなると考えられています。
また、交感神経の日内変動 も関係します。睡眠中は副交感神経が優位になりますが、炎症状態では疼痛感受性が変化しやすく、明け方近くの覚醒時に痛みが強まることがあります。最近の研究では、五十肩には免疫系と神経系の相互作用 が関与する可能性も提示されており[4] 、単なる肩の使い過ぎや老化だけでは説明しきれない側面があります。
夜間痛への対処として、以下のような姿勢の工夫が参考とされています:
患側(痛みのある側)を上にした横向き姿勢で、患肩が圧迫されないようにする
仰向けに寝る場合は、患側の腕の下に折りたたんだタオルを置いてやや外転位に保つ
患肩側を下にした姿勢は避ける(関節内圧が高まりやすい)
ただし、炎症が強い時期の過度なストレッチや強い可動域訓練は症状を悪化させる可能性があります。夜間痛が毎晩続く場合は整形外科への受診をご検討ください。
五十肩を招きやすい要因——糖尿病・甲状腺疾患との関連
五十肩は40〜60代の女性に多く、発症者の約70%を女性が占めるとされています[4] 。ただし、年齢・性別以外にも全身疾患との関連が明らかになっています。
糖尿病(1型・2型) :関節包のコラーゲンが糖化(グリケーション)しやすくなるため、五十肩リスクが一般人口の約4倍に上がるとされています[4] 。合併例では症状がより重く・回復が長引く傾向が報告されています[1] 。
甲状腺疾患(自己免疫性甲状腺炎など) :甲状腺機能低下症・橋本病との関連が複数報告されており、代謝異常が関節包の線維化を促進する可能性が示されています[2] 。
心理的ストレス・不安・抑うつ :不安がある場合は8.8倍、抑うつがある場合は14倍の発症リスク上昇が報告されており[4] 、心身の状態が関節包の炎症・線維化に影響する可能性があります。
長期の肩固定・安静 :肩の手術後や骨折後の安静により関節包が癒着しやすくなります。
パーキンソン病・脳卒中 :これらの神経系疾患がある場合、自然回復が難しいとされています[1] 。
糖尿病や甲状腺疾患がある方で肩の痛みと可動域制限が重なっている場合は、早めに整形外科での評価を受けることが推奨されます。なお、腰痛においても筋膜の変化が深く関わることが知られており、腰の痛みと筋膜の記事 もあわせてご参照ください。
病期に合わせたセルフケアの考え方——ストレッチのタイミングと3方向
五十肩のセルフケアで最も重要なのは、「今どの病期か」を意識してアプローチを変える ことです。炎症期と拘縮期・回復期では推奨される対処が大きく異なります[3] 。
炎症期(痛みが強い時期)のポイント
無理な可動域訓練や、痛みが出るまで押しつぶすようなストレッチは推奨されません。炎症が強い時期に強引に動かすと炎症を増悪させる可能性があります。
アイシング(1回15〜20分、1日2〜3回)が痛みの緩和に役立つ場合があります。
日常動作では腕を無理に上げず、患側に過度な負荷をかけないようにします。
拘縮期・回復期(痛みが落ち着いてきた時期)のポイント
1日3〜5回、1回20〜30秒のストレッチを毎日継続 することが、関節包のリモデリングを促すとされています[3] 。
集中的な物理療法より、毎日コツコツ続けるゆったりしたストレッチの方が長期的に可動域の回復につながりやすいという知見もあります[3] 。
以下の3方向のストレッチが、関節包の各部位をカバーするとされています:
外旋ストレッチ (関節包前面に働きかける):肘を直角に曲げて壁や柱に当て、体を前向きに少しずつ回すようにする。20〜30秒保持。「伸びを感じる程度」でとどめる。
前方挙上ストレッチ (関節包下面に働きかける):仰向けに寝て、健側の手で患側の手首を持ち、真上〜頭上方向にゆっくり持ち上げる。15〜20秒保持。
水平内転ストレッチ (関節包後面に働きかける):患側の腕を体の前で水平に伸ばし、健側の手で肘を体側にそっと引き寄せる。20〜30秒保持。
いずれも痛みが出る範囲まで無理に動かさない ことが大前提です。「心地よく伸びる程度」の負荷を継続することが、長期的な可動域の回復につながるとされています。
図3:拘縮期・回復期のストレッチ3方向の整理。1回20〜30秒・1日3〜5回を目安に(Kim et al. [3] をもとに作図)
受診を検討したいサイン
以下のような状況では、整形外科への受診をご検討ください。
痛みが突然で非常に強く、じっとしていても楽にならない(腱板断裂・石灰性腱炎との鑑別が必要)
安静時の痛みが3週間以上続き、悪化傾向にある
発熱・腫脹・皮膚の発赤を伴う(化膿性関節炎の可能性)
転倒・打撲などの外傷後から急に腕が上がらなくなった(腱板断裂・骨折の可能性)
手や腕のしびれ・脱力感を伴う(頸椎疾患・胸郭出口症候群との鑑別が必要)
糖尿病・甲状腺疾患があり、3ヶ月以上経っても状態に変化がみられない
夜間痛が毎晩続いて睡眠が著しく妨げられている
1年以上経過しても可動域の変化が乏しい
整形外科では、レントゲン・超音波・MRIによる画像診断に加え、ステロイド注射・理学療法士によるリハビリが選択肢として挙げられます。保存的治療でも変化が乏しい場合は、関節鏡視下の関節包解離術やマニピュレーションが検討されることがあります。
参考文献
Li D, St Angelo JM, Taqi M(2025) 「Adhesive Capsulitis (Frozen Shoulder)」StatPearls Publishing . NCBI Bookshelf ― 本記事での引用箇所:有病率(2〜5%)・発症年齢・3病期の定義・予後(10〜20%に可動域制限残存)・リスク因子・受診目安
Vita F, Pederiva D, Tedeschi R, et al.(2024) 「Adhesive capsulitis: the importance of early diagnosis and treatment」J Ultrasound . 27(3):579–587. PMID: 38844748. PMC11333403 ― 本記事での引用箇所:関節包の線維化・拘縮の病態・各病期の期間・甲状腺疾患・カルシウム沈着とのリスク関連
Kim JY, Gahlot N, Park HB(2025) 「Frozen shoulder: a narrative review of current treatment concepts and the underlying scientific evidence」Clinics in Shoulder and Elbow . PMID: 41376443. PMC12698360 ― 本記事での引用箇所:ストレッチの頻度・時間の推奨(1日3〜5回・20〜30秒)・41%の長期残存症状データ・運動療法がステロイド内服を上回るという知見
Navarro-Ledesma S, Hamed-Hamed D, Pruimboom L(2024) 「A new perspective of frozen shoulder pathology; the interplay between the brain and the immune system」Frontiers in Physiology . PMID: 38617059. PMC11009429 ― 本記事での引用箇所:発症リスク(糖尿病4倍・不安8.8倍・抑うつ14倍)・女性70%・免疫系と神経系の相互作用に関する知見
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。症状が続く・悪化する場合、または不安を感じる場合は、医療機関(整形外科)にご相談ください。