「腕が上がらない」「夜中に痛くて目が覚める」——そんな悩みを抱えて整形外科を受診しても、「典型的な五十肩です」とひとことで片付けられてしまうことが少なくありません。五十肩(肩関節周囲炎)は、40〜60代に多く見られる肩の病態で、放置しても自然に回復すると思われがちです。しかし、病期を正しく理解せずにセルフケアを行うと、かえって回復が遠のくことがあると知られています。本記事では、五十肩の病態・3つの病期・根拠に基づいたセルフケアの考え方、そして整形外科を受診すべきサインを、公的機関・査読論文をもとに解説します。
五十肩とは——肩関節周囲炎・凍結肩・癒着性関節包炎の違い
「五十肩」は江戸時代の俚諺集に由来する日常語であり、医学的に定義された診断名ではありません。整形外科の臨床では、同じ病態を「肩関節周囲炎」「凍結肩(フローズンショルダー)」「癒着性関節包炎(adhesive capsulitis)」と呼ぶことがあります。厳密には微妙なニュアンスの違いがありますが、現場では概ね同義として扱われることが多い状況です。
日本整形外科学会は五十肩を「明らかな誘因なく中年以降(特に50歳代)に発症する、拘縮を伴う肩関節痛」と説明しています[1] 。病態の本質は、肩関節を包む「関節包」の炎症と線維化(硬化) にあります。関節包が厚く、固くなることで、腕を上げる・後ろに回すといった動作が制限されるとともに、安静時・夜間にも痛みが現れるようになります。
一般人口の約2〜5%が五十肩を経験すると推定されており、糖尿病を持つ方では有病率が有意に高く(オッズ比:1型糖尿病1.37倍、2型糖尿病1.22倍)、甲状腺疾患とも関連があるとされています[2] 。また、患側と反対側の肩に4年以内に症状が出る確率は約20%とも報告されています[3] 。
図1:肩関節周囲の構造(三角筋・棘上筋・腱板・関節包)と炎症・癒着の全体像
3つの病期——炎症期・拘縮期・回復期を正しく知る
五十肩の大きな特徴は、「炎症期(疼痛期)→拘縮期→回復期」という3段階の経過をたどることです。PMC(米国国立医学図書館)の臨床レビューによれば、各期の目安は以下のとおりです[3] 。
炎症期(凍結期・Freezing phase):2〜9か月 ——肩全体に広がる鋭い痛みが主体。夜間痛が特に強く、就寝中に寝返りで目が覚めることがある。関節可動域はまだ比較的保たれているが、急速に制限が進む。
拘縮期(凍結固定期・Frozen phase):4〜12か月 ——炎症が落ち着いてくる一方、肩の動きの制限(拘縮)が顕著になる。腕が上がらない、後ろ手に組めないといった機能障害が目立つ。痛みは徐々に軽くなる。
回復期(解凍期・Thawing phase):6〜26か月 ——痛みがさらに減り、可動域が少しずつ回復する。この時期に適切な運動を行うかどうかで、最終的な可動域の回復度合いが変わると考えられている。
全病期の合計は平均2〜3年と報告されています[4] 。ただし、適切な治療と運動療法を行った場合、患者の約80〜90%は保存的治療で正常あるいは正常に近い肩機能を取り戻せるとされています[3] 。一方で、治療後4.4年の追跡調査では41%に何らかの症状が残ったという報告もあり、必ずしも完全回復とはならないことも知られています[4] 。
病期を見極めることがケアの出発点です。炎症期に無理なストレッチを続けると痛みが増悪しやすく、拘縮期に動かさずにいると可動域の回復が遅れます。「いまどの段階にいるか」を把握してから動き方を決めることが大切です。
図2:Muthusamy et al.([3])の報告をもとに作図。炎症期・拘縮期・回復期の典型的な期間と主症状の変化
関節包・腱板・筋膜——五十肩の痛みがなぜ起きるか
五十肩の病変の中心は「関節包」です。関節包とは肩関節全体を包む袋状の組織で、内側の滑膜から分泌される液体(滑液)が関節の潤滑を担っています。PMCのガイドラインレビューによれば、炎症期には関節包内に炎症性サイトカイン・リンパ球が増加し、関節包が「厚く充血した状態」になります[3] 。炎症が慢性化すると線維芽細胞が増殖し、コラーゲンの過剰沈着が起き、関節包が固く収縮するのが拘縮の主たるメカニズムと考えられています。
また、腱板(ローテーターカフ)を構成する棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋の腱や、肩峰下滑液包、上腕二頭筋長頭腱も同時に炎症を起こすことがあります。これが「周囲炎」という名称の由来でもあります。さらに、肩周囲の筋膜(筋肉を包む薄い膜)が隣接組織と癒着することで、動きの制限が複合的に起きるとも考えられています。
夜間痛が強くなる理由については、横になることで肩甲骨の位置が変わり、炎症のある組織に圧がかかりやすくなること、また夜間の末梢血管収縮によって組織内の浮腫が増すことが関係していると考えられています。「寝る姿勢をどうするか」が就寝時の痛みを左右することもあるため、痛みの強い側を下にして寝ることは避け、枕やタオルで肩を支える姿勢をとる工夫が一般的に勧められています。
病期別のセルフケア——炎症期・拘縮期・回復期で何をすべきか
五十肩のセルフケアは「病期に合わせた対応」が基本です。同じ「ストレッチをする」という行為でも、病期によって効果が異なり、誤ったタイミングで行えば回復を遅らせるリスクがあります。
炎症期(疼痛が強い時期)の基本:「冷やす・安静・痛みを出さない動き」
熱感・腫れがある急性期は、患部をアイスパック(タオルに包んで)で10〜15分程度冷やすことが、炎症の鎮静に役立つと考えられています。
無理な可動域拡大を目的としたストレッチは、炎症を悪化させる可能性があるため、この時期は避けることが一般的に推奨されています。
振り子運動(コッドマン体操) :痛みの強い時期にも行いやすい運動として知られています。腕の力を抜き、体を傾けることで腕を自然に前後・左右・円を描くように揺らします。2020年のバイオメカニクス研究では、振り子運動では主に体幹の動きが主体であり、肩関節・肩甲胸郭関節の実際の動きは6〜14度程度と限定的であること、つまり「関節に強い負荷をかけずに早期から上肢を動かす練習」として位置づけられることが示されています[5] 。可動域を大きく広げる効果は限られますが、痛みの強い炎症期に「まず動かす習慣をつける」導入として安全性が高いとされています。
三角巾やアームスリングで痛みの強い時期に安静を保つことも選択肢の一つです(日本整形外科学会の患者向け資料より[1] )。
拘縮期(痛みは落ち着いたが可動域が狭い時期)の基本:「温める・段階的にストレッチ」
炎症が落ち着いた拘縮期には、入浴・シャワーや温熱パッドで肩周囲を温めてから、ゆっくりとした関節可動域訓練を行うことが、筋肉と関節包の柔軟性回復に役立つと考えられています。
壁登り体操 :壁に指先を当て、少しずつ上に這わせるように腕を上げていきます。「今日は指3本分しか上がらなかった」という小さな進歩を記録しながら続けることが目安です。
タオルストレッチ(内旋・外旋) :タオルを背中で両手に持ち、健側の腕でゆっくり引っ張ることで患側の肩の内旋・外旋可動域を引き出します。痛みが出ない範囲内で、1回20〜30秒を目安に1日3〜5セット実施することが一般的な推奨目安です。
2025年のナラティブレビューでは、集中的なストレッチがマトリックスリモデリングタンパクを調整し、肩の可動性に寄与することが示されました[4] 。また、理学療法士の管理下で行う集団クラスは、自宅での自主トレーニングより成果が高かったとも報告されています。
回復期(徐々に動きが戻ってきた時期)の基本:「筋力強化+日常動作への応用」
回復期に入っても、三角筋・棘上筋などの肩周囲筋は廃用性萎縮(使わないことによる筋力低下)を起こしていることが多いため、軽い抵抗を使った筋力強化訓練(セラバンド運動など)を段階的に加えていきます。
痛みが出ない動作範囲を少しずつ広げ、洗髪・着替え・高いところの物取りといった日常生活動作に応用していくことが最終目標です。
整形外科での治療選択肢——注射・温熱・手術の位置づけ
セルフケアだけでは対応しきれない場合、整形外科での専門的な治療が選択肢に入ります。
消炎鎮痛薬(NSAIDs) :炎症期の2〜3週間程度の短期使用が、痛みを和らげ理学療法への参加を助けると考えられています[3] 。長期連用は胃腸障害・腎機能への影響の観点から、医師の指示のもとで行うものです。
ステロイド注射(関節内・肩峰下) :臨床ガイドラインのレビューでは、ステロイド注射がプラセボと比較して痛みと可動域の状態に対して「強いエビデンス」を持つとされています[3] 。特に炎症期〜拘縮期の移行期において、8週以内の短期成績が良好と報告されています。ただし、糖尿病の方では血糖値が一時的に上昇することがあるため、注射前に医師への申告が必要です。
ハイドロダイレーション(関節包拡張術) :生理食塩水やステロイドを関節内に注入し、関節包を物理的に広げる治療法です。単回施行がプラセボより有意に優れた結果を示すという報告もありますが、反復施行では追加効果が限定的とされています[3] 。
温熱・冷却療法(ホットパック・超音波など) :整形外科・リハビリ室で行われる温熱療法(ホットパック、微弱電流など)は拘縮期の補助的手段として広く用いられています。一方、治療用超音波(therapeutic ultrasound)については、プラセボとの有意差が示されなかった研究も報告されており、単独での効果は明確でないとされています[4] 。
手術(関節鏡下関節包切除・麻酔下授動術) :6〜9か月の保存的治療で経過が乏しい場合に選択肢となります。関節鏡下手術の合併症率は約0.6%、麻酔下授動術では約0.4%と報告されており、難治例では外科的介入も考慮されます[3] 。
図3:病期別のセルフケア(冷却・安静/温熱・ストレッチ/筋力強化)と整形外科受診を検討すべきサインの整理
受診を検討したいサイン
以下のいずれかに当てはまる場合は、整形外科など専門医への受診を検討することが望ましいとされています。自己判断でのセルフケアだけで様子を見るのは避けてください。
痛みが激しく、夜間に眠れない状態が続いている (1〜2週間以上)
腕がほとんど動かせない、または急速に可動域が狭まっている
発熱・腫れ・皮膚の発赤を伴う (化膿性関節炎など別の疾患が疑われます)
外傷(転倒・スポーツ中の衝撃など)のあとから急に痛みが出た (腱板断裂・脱臼の可能性があります)
手・指のしびれや脱力感を伴う (頸椎疾患など神経系の問題を除外する必要があります)
糖尿病・甲状腺疾患・心臓手術後など基礎疾患がある状態で発症した (五十肩の難治化リスクが高く、早めの専門的介入が望まれます)
3〜6か月以上セルフケアを続けても可動域・痛みに変化が見られない
肩の前方・後方に硬いしこりや変形を感じる
参考文献
日本整形外科学会(2023) 「五十肩(肩関節周囲炎)」日本整形外科学会 症状・病気をしらべる . 日本整形外科学会公式サイト ― 本記事での引用箇所:五十肩の定義「中年以降・50歳代に多い肩関節の拘縮・疼痛」、治療の基本方針(安静・消炎鎮痛薬・温熱・手術)
Ashraf S et al.(2021) 「The epidemiology and etiology of adhesive capsulitis in the U.S. Medicare population」JBJS Open Access . PMC8474744 ― 本記事での引用箇所:糖尿病との関連(1型1.37倍・2型1.22倍)、女性に多い(66.3%)、甲状腺疾患の合併(17.7%)
Muthusamy S et al.(2021) 「Clinical Guidelines in the Management of Frozen Shoulder: An Update!」Indian Journal of Orthopaedics / PMC . PMC8046676 ― 本記事での引用箇所:3段階の病期と期間(炎症期2〜9か月・拘縮期4〜12か月・回復期6〜26か月)、反対側の発症20%、保存的治療の90%成功率、ステロイド注射の強いエビデンス、手術の合併症率
Nakandala P et al.(2025) 「Frozen shoulder: a narrative review of current treatment concepts and the underlying scientific evidence」Clinics in Shoulder and Elbow . PMC12698360 ― 本記事での引用箇所:全病期2〜3年・追跡4.4年後41%に症状残存、集中的ストレッチによるマトリックスリモデリング、治療用超音波の効果限定的
Lannotti JP et al.(2020) 「Shoulder Motion Analysis During Codman Pendulum Exercises」Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy . PubMed PMID:32875297 ― 本記事での引用箇所:振り子運動での実際の肩関節可動域変化は6〜14度と限定的・体幹動作が主体・関節への負荷が少ない早期リハビリとしての位置づけ
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。症状が続く場合や悪化する場合は、必ず整形外科などの医療機関にご相談ください。