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病院で「異常なし」と言われても体調が悪い理由——機能性身体症候群と自律神経の関係

編集:和ごころプロジェクト|公開 2026.06.26編集方針

「血液検査も画像も問題なし」と言われたのに、倦怠感・頭痛・めまい・腹部の不快感が何週間も続いている——そんな経験をお持ちの方は少なくありません。検査で異常が見つからないことは「気のせい」を意味しません。現代医学では、こうした状態を「機能性身体症候群(Functional Somatic Syndrome)」あるいは「医学的に説明されない症状(Medically Unexplained Symptoms: MUS)」として認識し、研究が積み重ねられています。本記事では、なぜ検査に引っかからないのか、どのような仕組みが関与しているのかを根拠をもとに解説します。

「異常なし」でも症状がある理由——機能性障害という概念

西洋医学の標準的な検査(血液・尿・画像・心電図など)は、臓器の構造的な損傷や炎症・腫瘍を検出するよう設計されています。しかし、身体の不調の多くは機能の乱れ——つまり臓器の構造は正常であるものの、働き方が変化した状態——から生じることがあります。これを機能性障害と呼びます。

プライマリケアを訪れる患者のうち、医学的に十分な説明がつかない症状(MUS)を抱える人の割合は推定18〜74%と報告されており[1]、別の文献では25〜50%という推定も示されています[2]。「異常なし」と言われて終わりになるケースが多い一方、症状が1年後も続いている患者が半数近くに上るという報告もあります[3]。これは決してまれな状況ではありません。

代表的な機能性身体症候群には、線維筋痛症・慢性疲労症候群・過敏性腸症候群・緊張型頭痛などが含まれます。これらに共通するのは、「検査で捉えられる損傷がないにもかかわらず、日常生活に支障をきたすほどの症状がある」という点です。ICD-11(WHO・2022年発効)ではこの概念を「身体的苦痛症(Bodily Distress Disorder)」として整理し、症状が3ヵ月以上続いて機能を損なっている場合に診断されます。

構造的な疾患と機能性障害の違いを示す比較図解
図1:構造的疾患(臓器に損傷あり)と機能性障害(構造は正常だが機能の乱れあり)の概念的な違い

生物・心理・社会モデル——症状を多面的に捉える視点

「原因不明」の体調不良を理解するうえで、近年の医学が重視するのがバイオサイコソーシャル(生物・心理・社会)モデルです。このモデルは1977年にジョージ・エンゲルが提唱し、身体の不調に生物学的・心理的・社会的な要因が複合的に関与するという考え方です[3]

機能性症状を抱える人の場合、単一の「原因」を探すより、以下の複数の要因の絡み合いを検討するほうが実態に近いとされています。

  • 生物学的要因:自律神経の調節の乱れ、中枢性感作、腸内環境、ホルモンバランス
  • 心理的要因:慢性的なストレス、不安・抑うつ傾向、睡眠の質の低下、過去のトラウマ体験
  • 社会的要因:職場・家庭の人間関係、経済的不安、孤立感、生活環境の変化

特に注目されているのが、MUS患者に抑うつ障害を合併する割合が50〜75%、不安障害では40〜50%に上るという点です[1]。これは「精神的な問題だから」という意味ではなく、身体と心が双方向的に影響し合うことを示しています。症状を「どちらか一方」の問題として切り捨てることは、適切な対処を遅らせる可能性があります。

生物・心理・社会モデルの三円構造を示す図解
図2:バイオサイコソーシャルモデル——生物・心理・社会の3要素が相互に影響して症状を形成するという考え方(Hubleyら[1]の枠組みをもとに作図)

自律神経の関与——交感神経と副交感神経のバランス

機能性体調不良の背景として、自律神経系の調節障害が多くの場合に関与していると考えられています。自律神経は心拍・血圧・消化・発汗・呼吸など、意識しないうちに働いている生命機能を制御しています。交感神経(緊急・活動系)と副交感神経(回復・休息系)のバランスが慢性的に崩れると、倦怠感・動悸・めまい・消化不良・睡眠障害など多彩な症状が現れることがあります。

医学的に説明されない感覚症状を持つ神経科患者を対象とした研究では、健常者と比較して心拍変動(HRV)の副交感神経的な応答が有意に低下していることが報告されています[4]。心拍変動は自律神経機能の指標として広く用いられており、この低下は「副交感神経(迷走神経)の働きが抑制された状態」を反映します。同研究では、患者の12名中(75%)が何らかの精神科的診断(身体化、パニック、不安障害など)を合併していましたが、感覚閾値(痛みや温覚の感度)では健常者との有意差はなく、症状は末梢神経の問題というよりも中枢処理系の変化によるものと示唆されています[4]

また、ポリヴェーガル理論(Porges, 2009)は、迷走神経を介した「社会的関与システム」が内臓状態の調節と感情の安全感を結びつけるという枠組みを提示しており[5]、慢性的な「危険反応」状態が身体症状を維持する可能性を示唆します。ただしこの理論については現在も学術的な議論が続いており、確立された臨床的エビデンスとしてではなく、自律神経の複雑な役割を理解する参考枠組みの一つとして位置づけることが適切です。

交感神経と副交感神経のバランスを示す自律神経系の図解
図3:交感神経(活動・緊急応答系)と副交感神経(回復・休息系)のバランス——その乱れが多彩な機能性症状に関与すると考えられています

中枢性感作——脳・神経が「音量を上げてしまう」現象

機能性症状のもう一つの重要なメカニズムが中枢性感作(Central Sensitization)です。これは、脳や脊髄の中枢神経系が刺激に対して過敏になった状態で、本来は問題ないレベルの刺激(光・音・圧力・体内感覚)をより強く感知・増幅してしまうことを指します。

慢性痛・慢性疲労・線維筋痛症・過敏性腸症候群など多くの機能性身体症候群において、この中枢性感作が症状維持に関与していると報告されています。自律神経症状を持つ患者を対象とした研究では、中枢性感作が「感受性の変化を伴う腸内感覚処理の障害」を通じて自律神経様の症状を引き起こす可能性が示唆されています。また、迷走神経の活動が低下すると下行性疼痛抑制経路の働きが弱まり、痛みや不快感の知覚がより強くなるという関係も報告されています[4]

重要なのは、中枢性感作は本人が「大げさに感じている」のではないという点です。神経科学的な変化が実際に脳内で起きており、症状の体験は本物です。ただし、この状態は「神経が可塑的に変化した結果」でもあるため、適切なアプローチによって変化する可能性も研究で示されています。

中枢性感作による神経信号の増幅を示す脳・神経系の図解。Ruschilら(2021)の知見をもとに作図
図4:中枢性感作のメカニズム——通常の刺激信号が脳・脊髄での処理段階で増幅される現象。Ruschilら(2021)[4]の知見をもとに作図

日常でできること——神経系を落ち着かせる土台づくり

機能性症状に対して根拠のある日常的なアプローチが複数報告されています。ただし、即座に効果が出るものでも、すべての方に同じ効果があるものでもありません。重要なのは、これらを「治療」としてではなく、神経系の調節環境を整える土台づくりとして捉えることです。

認知行動療法(CBT)は、機能性身体症候群に対してランダム化比較試験で有効性が示されており、複数の研究で症状重症度の有意な軽減が報告されています[2]。MUSを持つプライマリケア患者を対象とした研究では、3〜4時間という比較的短時間のCBT介入で6ヵ月間のかかりつけ医受診回数が約50%減少したという報告もあります[2]。ただし、個人差があり、すべての人に同様の効果があるとは限りません。

日常生活の中でできるアプローチとして、以下のような行動が自律神経系の安定に役立つ可能性があると考えられています:

  • 規則的な起床・就寝時間の維持:概日リズムの安定は自律神経調節の土台となります
  • ゆっくりとした腹式呼吸(横隔膜呼吸):副交感神経系の活動を高める可能性が報告されています
  • 無理のない範囲での身体活動:長期間の完全な安静は機能性症状を悪化させる可能性があるとされています[3]
  • ストレス源の認識と優先度の整理:心理社会的要因の軽減は、生物学的な調節にも影響する可能性があります
  • 信頼できる医療者との継続的な関係構築:症状を「気のせい」と否定されない環境が回復の基盤になります

なお、MUSの研究では、抗不安薬(特にベンゾジアゼピン系)の使用が長期的な症状軽減の負の関連因子として抽出されており[6]、薬物療法の選択には慎重な検討が必要です。このような薬の使用については、主治医に相談のうえ判断してください。

睡眠・軽い運動・深呼吸などの日常的なセルフケア方法の図解
図5:神経系の調節環境を整える日常的な取り組みの例——睡眠リズムの安定、無理のない身体活動、腹式呼吸など

受診を検討したいサイン

機能性症状であっても、以下のような状態では早めに医療機関への受診を検討することをお勧めします。「異常なし」と言われた後でも症状が変化・悪化している場合は、別の医師や専門科(心療内科・精神科・ペインクリニック・総合診療科など)に相談することも選択肢の一つです。

  • 体重の急な減少(短期間で数kg以上)——悪性疾患などの見落としを除外する必要があります
  • 夜間に目が覚めるほどの痛みや不快感——機能性症状は通常、夜間安静時には軽減する傾向があります
  • 発熱(38℃以上)が繰り返す、または長期化している
  • 血便・血尿・喀血など出血を伴う症状
  • 神経症状(手足のしびれや脱力、視力の変化、言語障害)が新たに出現
  • 症状が急速に悪化している、または日常生活への支障が著しく大きい
  • 気力の低下や気分の落ち込みが2週間以上続き、日常生活に影響している
  • 家族や友人から「様子がおかしい」と言われた、または自分でも不安が強い

「もう一度検査を受けても意味がないかもしれない」と感じる方もいますが、症状の性質が変わっているときは再評価が重要です。また、機能性症状に対応した専門的な外来(心療内科、総合内科、ペインクリニックなど)への相談は、症状のつらさを正面から受け止めてもらえる環境につながることがあります。

受診を検討すべき警戒サインのチェックリスト図解
図6:受診を検討したいサイン——これらの状態がある場合は、早めに医療機関に相談することをお勧めします

参考文献

  1. Hubley S, Uebelacker L, Eaton C(2014)「Managing Medically Unexplained Symptoms in Primary Care: A Narrative Review and Treatment Recommendations」American Journal of Lifestyle Medicine. PubMed PMID: 30202265 / PMC6125096
    ― 本記事での引用箇所:「プライマリケア患者の15〜30%がMUSを抱える」「抑うつ合併率50〜75%、不安障害合併率40〜50%」の根拠
  2. Edwards TM, Stern A, Clarke DD, Ivbijaro G, Kasney LM(2010)「The treatment of patients with medically unexplained symptoms in primary care: a review of the literature」Mental Health in Family Medicine. PubMed PMID: 22477945 / PMC3083260
    ― 本記事での引用箇所:「プライマリケアで最も多い訴えカテゴリーが25〜50%」「CBT短期介入でかかりつけ医受診50%減少」の根拠
  3. Mayou R, Farmer A(2002)「Functional Somatic Symptoms and Syndromes」BMJ 325(7358). PMC1123778
    ― 本記事での引用箇所:「機能性症状の年間有病率6〜36%(プライマリケア)」「1年後も症状が続く患者が半数近く」「過剰な安静が長期的に症状を悪化させる可能性」の根拠
  4. Ruschil V ら(2021)「Decreased Autonomic Reactivity and Psychiatric Comorbidities in Neurological Patients With Medically Unexplained Sensory Symptoms: A Case-Control Study」Frontiers in Neurology. PubMed PMID: 34557148 / PMC8453010
    ― 本記事での引用箇所:「MUS患者での心拍変動(副交感神経反応)の有意な低下」「患者の75%に精神科的診断の合併」「中枢処理変化による症状維持メカニズム」の根拠(図4の作図出典)
  5. Porges SW(2009)「The polyvagal theory: new insights into adaptive reactions of the autonomic nervous system」Cleveland Clinic Journal of Medicine. PubMed PMID: 19376991
    ― 本記事での引用箇所:「迷走神経の社会的関与システムと内臓・感情調節の関係」について参考枠組みとして引用
  6. 橋本和明ら(2024)「身体症状症および関連症群における臨床症状の改善予測因子」心身医学 64(4). J-STAGE
    ― 本記事での引用箇所:「ベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用が機能性症状の長期改善の負の関連因子として抽出された」の根拠

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に代わるものではありません。症状が続く・悪化する場合は、医療機関にご相談ください。また、本記事に記載された研究知見は個々の状況への適用を保証するものではありません。

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